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2009年1月13日 (火)

モーツァルト:3つのコンサートアリア(1778)

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ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

E1747cf8cc1cda3a作品リストを掲げてから、まともにはピアノソナタを採り上げただけで、だいぶ間があいてしまいました。
創作の時間的流れから言えば、先に採り上げるべきなのは協奏曲かヴァイオリンソナタなのでしょうが、彼のマンハイム滞在中の境遇と精神的姿勢を最も「外向け」に表明しているのは、2月に書かれた3曲のコンサート用アリア(といっても、当時よく知られたオペラの一場面を彼なりに作り直したもの)です。

書かれたアリアは、1778年のリストに掲げた通り、

・レシタティーヴォとアリア「アルカンドロ、私は告白する/私は知らぬ、この優しい愛情がどこから来るのか」K.294(マンハイム、2.24)

・レシタティーヴォとアリア「もうたくさん、あなたが勝ったのだわ/ああ、私を見捨てないで」K2.486a(マンハイム2.27)

・アリア「もし私の唇を信じないなら/悩み苦しむ心だが」K.295(マンハイム2.27)

で、それぞれ誰のために書かれたかが明らかになっています。
ご紹介は日付が逆順になりますが・・・



・K2.486a(ソプラノ用)は、海老澤敏「モーツァルトの生涯」によれば77年作の歌曲(アリエット)2作を作ってやった相手である女性エリザベート・アウグステ・ヴェンドリング(1752-1794、モーツァルトの4つ歳上)の母、ドローテア(1736-1811)のために作られたものです。
素材としたオペラ台本は、当時かなり有名だったメタスタジオの『捨てられたディドーネ』で、詞はその第2幕第4番(番号付きオペラの台本でしょうから、後半の数字は「場」ではなく、詞に与えられた番号でしょう)のものだそうです。歌い手はこのオペラのヒロインである、カルタゴの女王ディドーネ。3曲中では最も小規模な115小節であり(うち13小節はレシタティーヴォ)、技巧的な見せ場を用意もしていませんが、極端な起伏を持たない分、清楚な雰囲気を湛えた作品であり、熟練の歌手でなければ情感を充分に表現できない歌に仕上がっています。レシタティーヴォ部分が4/4拍子なのは、もちろん、形だけの話なのは言うまでもありませんが、弦五部だけの伴奏(冒頭2小節にのみ通奏低音用の数字がついていますが、アリアにはない・・・これはK.295のテノール用アリアも同じ)であるところ、また、これ以上の数字は付せられていないところをみると、クラヴィアを加えるかどうかは状況によって任意に、と考えたのかもしれません。
余談ですが、関連して面白いのは、3日前の作曲日付をもつK.294には、レシタティーヴォにもアリアにもまったく数字が付いていません。マンハイムでの音楽家たちの演奏様式がどんなもんだったのか、を想像する上で、非常に興味深く思われます。
で、この486aでは、13小節足らずのレシタティーヴォが、3小節目でヘ短調に転じ、さらに7小節目以降変ロ長調からト短調へと目まぐるしく動くところは、モーツァルトが単に独立したアリアを企図したのではなく、心理的にはオペラ全編を頭に描きながら、
「その一場面だけを切り出したサンプルをお目にかけるのです」
と訴えるような、聴き手をあっという間にドラマのなかに時空移動させてしまうような不思議な魅力を持っています。まさに、このレシタティーヴォがベテランでなければ歌えないということが冒頭で示されていると言えるでしょう。
アリア部は「え? 歌曲ではないんだ!」というくらい、どこか身近な感じがしますが、それこそこの歌で、去って行くべき運命にある恋人を今一度引き止めて離さないセイレーンのような誘惑を、私たち自身がその恋人、エネアスになってしまったかのような錯覚と共に仕掛けてくるのです。
アリア部のオーケストレーションは、そんな効果を出すためでしょう、オーボエは使われず、フルート2本、ファゴット2本、ホルン2本という管楽器を伴います。


・同日の作曲日付を持つテノール用のアリアK.295は、折しもマンハイムに滞在していたアントン・ラーフ(1714-1797)のために書かれたものです。ラーフはモーツァルトの敬愛したクリスチャン・バッハにもオペラに登用され、アリアを書いてもらった有名歌手でしたが、その力量をモーツァルトはあまり高く評価していません。モーツァルトが期待したほどの高音が出せなかったからのためのようです。ラーフにしてみれば仕方のないことだったはずです。生没年から分かります通り、この時彼は既に64歳前後です。ラーフは若い時からドイツ宮廷(と言っても具体的にどこだったか、分かりませんでした、すみません)、スペイン、ポルトガルと国際的に活躍し、クリスチャン・バッハと出会ったのはおそらく1759年にナポリで採用されたときのことで、それでもすでに45歳でした。40代の頃はまだ、クリスチャン・バッハから彼の代表作であったというオペラのタイトルロールを委ねられたりしていたのです。その当時、ヴィルトォーゾ・ヴァイオリニストの先駆として有名なタルティーニでさえもが、ラーフの技量には感嘆した旨、マルティーニ神父に書き送っているくらいです。(以上のことは "JOHN CHRISTIAN BACH" Heinz Gartner, 1989 Amadeus Press に記載されています。)
ですが、この老いたテノールに対して、22歳のモーツァルトの目はそれほど温かいものではありませんでした。
そのせいでしょうか、素材も、おそらくモーツァルトは8年前に「アルバのアスカーニョ」でその作品に勝利し(たと父と共に思い込み)、旧世代の代表者と見くびっていたのではないかと思われるハッセのオペラ「アルタセルセ」第1幕14番に求めており、今日採り上げた三作のうちでは最長の231小節という規模は持ちながら、詞はともかくとして、音楽的には三作中最も旧弊なダ・カーポアリアを、ひとつには途中にAllegretto3/8拍子のト短調のエピソード(118-180)を挟んで見せ場に「見せかける」ことで主部への二度目の回帰を設けると同時に、それがダ・カーポアリアであることが読み取られにくいように、歌の旋律・伴奏ともモーツァルトの自家薬籠中の技術で変形して単調さを回避した、作り方としては面白いものの、ある意味で「イヤミ」をうまくヴェールで隠した作品であるように、私には聞こえてなりません。それが証拠に、こちらには聴き手を「劇世界」に引き込むような要素は端から与えられていません。その長さと、ちょっとだけ変化するト短調の中間部は、ラーフの顔を立てるためのお膳立てに過ぎないかのようです。(ただし、それでも作品は充分に整っているところが、モーツァルトのズルいところ、と言っても良いのかもしれません。)
基本的にはAdagioで2/2拍子のアリアです。管楽器には、K2.486aのものの他にオーボエ2本を加えています。


・さて、特別なのが、これらの3日前に書かれたK.294です。
この作品が他の2作と明らかに違うと分かる特徴は、2点あります。
ひとつには、オーケストラにクラリネットを加えていること。
ザルツブルクでは望んでも望むべくもなく、管弦楽曲には一度も用いることのできなかったクラリネットが、マンハイムにはありました。・・・ですが、27日作の2つのアリアでは、彼はクラリネットを使っていないのです。ですから、K.294だけにクラリネットが使われていることには、モーツァルトの何らかの特別な意図を感じざるを得ません。
もうひとつには、27日の2曲にはない「技術的な見せ場」が、K.294の終結部(160-166)に用意されている。ここで、このアリアを歌うソプラノ歌手は、音階を3点Es音まで駆け上がり、十六分音符の複雑な音型を歌い、締めにトリルを聞かせなければならない。27日の作品には取り入れられていない技法です。
鍵は、これを歌ったのが誰であるか、というところにありそうです。
モーツァルトがK.294を歌わせた歌手は、当時18歳前後だったと推定される、彼の恋の相手、アロイジア・ウェーバーでした(1760?-1839)。
モーツァルトの彼女への入れ込み様、母親から父へのその報告、仰天したレオポルト、泣き崩れたナンネルの話は伝記で有名ですから、触れる必要はないでしょう。
ただとにかく、モーツァルトは彼女を単にひとりの女性として恋したのではなく、伝記にもある通り、一流の歌手に仕立て上げるべく、非常な気合いを持って接したのでしょうね。その物的証拠が、K.294ということにでもなるでしょうか?
21小節のレシタティーヴォ(ドローテアに作ってやったようなコンパクトなものではないだけでなく、複雑な弦の伴奏を伴っていますし、変ロ長調に始まってハ短調に終わるところに、「劇のなかへ」聴衆を誘う工夫が、より丁寧になされています)、3/4拍子で172小節にわたるAndante sostenuto 変ホ長調のアリア(72-116はAllegro agitatoで4/4拍子に転じます)は、第2ヴァイオリンに現れる2音の下降する半音の連続を基調として、一種、神秘的な雰囲気を歌に持たせようとの試みであるかのように見受けます。
この作品の台本は、やはりメタスタジオのもので、『オリンピアーデ』第3幕第6番です。

このアリアを作る前、モーツァルトは彼の自信作「ルチオ・シルラ」からのアリアを、公開の場でアロイジアに歌わせており、その都度彼女を誉めちぎっています。その挙句にアロイジアをイタリアに連れて行ってオペラで成功するのだ、などと言い出したことが父、レオポルトの逆鱗に触れざるを得なかったのは、アロイジアが別段この時期に有名な歌手でもなく、まだモーツァルトの訓練によって成熟の途上にあったことを考慮すれば、当然のことだったと言えます。



文字だけの紹介になってしまい、恐縮です。

モーツァルトのコンサートアリア群は、以後も続々と続きますが、決して聞き逃していいものではありませんので、声楽がお好きな方には、是非、適宜全集盤でお聴き頂ければ嬉しく存じます。


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