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2009年1月20日 (火)

ねこは猫の夢を見る。ニーノ・ロータ「山猫」から:好きな曲021

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・・・是非、お目通し下さい。



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『千五百番歌合』については、あと二、三綴りたいのですが、一息おきます。


今日は「好きな曲」カテゴリですけれど、併せて綴る話は、自分の独身時代の思い出からからいちど離れます。


*ニーノ・ロータ「山猫」から(ヴィスコンティの映画への音楽)14分22秒

リッカルド・ムーティ/ミラノ・スカラ座フィル SONY SRCR 2683
※ ちょっと長く引用してしまいました。つなぎ目の不自然さと併せてご容赦下さい。
※ 音楽およびそれが付けられた映画は、本文と直接関係ありません。猫の話でもありません。
※ ただ、同じ指揮者が昨年ウィーンフィルを率いて演奏するのを聴いて、一度で惚れただけです。


41diujtsifl_sl500_aa240_猫というのは、ほんとうに妙ないきものです。

「猫の額」というと、狭い土地の代名詞ですから、猫の脳ミソも小さくて、アタマ悪いんじゃないか、と思っちゃいたいのです。

でも、そうもいきませんでした。かしこい野良猫に出会ったことがあるからです。

その猫については、前にも綴ったことがありました。

幼稚園の頃から体は周りの子より大きめで、でも喋りが得意じゃなくて、腕っ節はいざとなったら強いのだけれど、それが自分で分かっているから人には手を出さない。勉強も出来ない方から順番を数えた方が早いけれど、なぜだか動物語は理解できるらしく、ある公園で大きな鶏小屋に飼ってあったニワトリの群れに向かって
「それではみなさん、ごいっしょに!」
と腕を振り上げて指揮したら、小屋の中の鶏が一斉に
「コッケコッコー!」
と鳴いた。
そんなことが出来るのが、その賢い猫、ではなくて、「うちの息子」です。

人間の友達は少なくて、でも、ウチの建物(中古マンションです)に集まるたくさんの野良猫とは大の仲良しでした。
中に目を病んでいる、たぶんメスのやつがいて、息子はこの猫をいちばん可愛がっていました。
マンションの規約で、野良猫に餌はやれません。それでも肥えている野良が多い中で、こいつは少しあばらが見えるくらいに痩せていました。
「なんだ、またあの子と遊んでるのかい?」
私も家内も、息子が非常階段に出掛けていって何をしているのか様子を見ていると、それが決まり文句になるくらい、その目の悪い野良猫ちゃんと息子は、毎日、夕方には一緒でした。

そのうち、この猫ちゃんは、私たち夫婦の顔も覚えました。
ある日とうとう、私が仕事から帰って来てエレベーターに乗ったら、そこに入って来て、そのまま我が家の前まで来てしまいました。

それから3年くらい、この猫ちゃんは、ときどき、夜にウチを訪ねて来ました。
可哀想ですが、餌をやれないだけでなく、ウチの中にも入れられない。
ですので、猫ちゃんが来ているのに気づくと・・・それは家内か私のどちらかでしたが、息子を呼んで猫ちゃんのところに行かせ、息子が「もういい」と言うまで、玄関のドアを閉めて、息子と猫ちゃんが戯れるにまかせていました。
家内も、見かけると
「あれまあ、なにしてるの?」
と声をかけるようになっていました。息子を通じて情がうつったのでしょう。

その猫ちゃんが最後に我が家を訪れたのが、以前にもどこかで綴った通り、家内の死んだ当日でした。急死したその明方に家内の遺体がウチに運び込まれ、昼にやっと少し僕と子供たちが落ち着きを取り戻して、何か用があって(たしか、前の晩まで家内が寝ていた布団をクリーニングに出しに行ったのでした)、ほんの少しの間留守にしていたところへ、ウチの中を覗き込み、それでは済まなくて中まで入って来たところを、この子のことは私たち親子以外にだれも知りませんから、留守をしていた親族に追い出されてしまいました。家内と最後の顔合わせは出来なかったかもしれません。

それからぱったりと、この野良猫ちゃんは、ウチを訪ねて来なくなりました。
ふと気が付いた頃には、姿を見かけることもなくなりました。



今日、中学生になってもあいかわらず前のままの性格の息子に、猫の本を買って来てやりました。

「ねこは猫の夢を見る」(竹書房)

与謝野晶子や野口雨情から、吉行理恵までの詩(ヴェルレーヌなどの訳詞も含む)に、竹久夢二から丸木俊までの画、合計32組の詩と画の組み合わせからなる本です。

その中から、吉行理恵さんの詩、「部屋の中に住んで居る月」を引用させて頂きます。

 月は
 道化師を眺めています
 
 道化師は
 とんぼがえりをしてみせます
 すると 月は眼を細めます
 
 高い所で
 月は
 道化師を 眺めています
 
 猫は部屋の中に住んで居る月
 明け方にひっそりと消えてゆくときに
 月は道化師をつれて行ってあげるでしょう


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コメント

もう一回、会いたい猫さんですね。

それ以上は、言葉に詰まって書けませんです。

投稿: 楽 | 2011年9月26日 (月) 09時05分

楽さま

ありがとうございます。
また会いたいです!

投稿: ken | 2011年9月26日 (月) 20時52分

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