« ハイドン「告別」:ウィーンフィルニューイヤーコンサート2009 | トップページ | 「マイスタージンガー」:東京ムジークフロー12月27日演奏会の音1 »

2009年1月 7日 (水)

弦楽四重奏の父もハイドンだ!:好きな曲020

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/sony-play-youcm.html

ここのところハイドン続きですが、偶然です。・・・というより、私は無意識にハイドンが大好きなのかもしれません。

180pxhaydn_portrait_by_thomas_hardy
長い間、日本では(特別に、なのでしょうか)ハイドンは「交響曲の父」と呼ばれていました。
同時に、彼はまた、「弦楽四重奏曲の父」とも見なされて来ました。・・・ただ、弦楽四重奏曲のほうがレコード・CD文化の中では地味な存在なのでしょうか、こちらの方では交響曲ほど一般的には話題になりませんでした。
Wikipediaの記事(日本語版)ではなお、彼が生前から「弦楽四重奏の父」と見なされていた、と記載されています。
音楽史のトピックとして立てたわけではありませんので、これ以上突っ込みはしませんが、父が「生みの親」の片割れを意味するのでしたら(「母」の方はなにものになるのかは分かりませんが)、厳密には交響曲についても弦楽四重奏曲についても、彼を「父」と呼ぶのは正確さに欠けるかもしれません。「交響曲」・「弦楽四重奏曲」という日本語の呼称自体が、本来の言語で表わされる彼のこのジャンル(Symphony, Sinfonie, Synphonia, Quartetなど)での業績を「限定的に」しか評価できなくしてしまうからです。 その傾向は、「交響曲」(というより、「シンフォニー」)の方に、いっそう強く現れるでしょう。
ただし、「父」が「育ての親」の意味を持つのであれば、これらのジャンルの「育ての親」は、間違いなくハイドンだと言ってもいいのではないかと思っております。
「シンフォニー」については母胎となった音楽の演奏形態は複雑な変遷を経ており、専門に扱った本でも正鵠を得ていると充分に納得させてくれる本には巡り会っていませんが、このジャンルが独立した楽曲となるだけに留まらず、クラシック音楽の中心的存在になるには、彼の手になる「第2期ザロモンセット(1794-95年)」、すなわち99番以降の「交響曲」(100番「軍隊」、101番「時計」、103番「太鼓連打」、104番「ロンドン」、と、その4曲までもがニックネームを持ちます)が必要でした。

「弦楽四重奏曲」は、バロック時代に流行したトリオソナタを起源にもちます。
トリオソナタの花形楽器は必ずしも弦楽器に限定されていたわけではありませんが、大多数はヴァイオリン2本もしくはヴァイオリン・ヴィオラと通奏低音(低音弦楽器【主にチェロ】およびクラヴィア)だったかと思います(統計はとっていませんので、主観ですけれど)。ハイドン以前に弦楽四重奏の編成で作曲した中でも重要なのが、サリエーリの師であるガスマンでしたが、残念ながらこんにち彼の作品を聴くことはほとんど不可能です。(こちらで1つの楽章だけ聞けるようにしました。)で、必然的に、この編成で64曲とも68曲とも言われる「名作」を残したハイドン(没後しばらくは偽作を含め83曲が彼の作品として出版されていました)が、このジャンルの「生みの親」だと見なされるようになっていました。・・・実際、このジャンルの定型化にあたっては最大の功績を残したことは否定出来ません。


いや、デタラメかも知れない蘊蓄を述べている場合ではありませんでした。 なぜ、ハイドンの、この弦楽四重奏曲が「好き」なのか、をお話したかったのでした。

・弦楽四重奏曲第75番ト長調 作品76-1 第1楽章

The Aeolian String Quartet DECCA UCCD-9367 

学生時代、オーケストラの下練習として弦楽メンバーは四重奏曲を弾くのが常でしたが、他の作曲家のものではなかなか思ったような演奏が出来なくても、ハイドンの弦楽四重奏曲だけは違いました。
当時は、それだけ「弾くのが易しいから」だと思っていましたが、後になればなるほど、そうではないのだ、ということを思い知らされることになります。
ですが、とにかく、モーツァルトやベートーヴェンを弾いて先輩に叱られたときの、いちばんの回復剤は、ハイドンの四重奏曲集でした。
なぜ弾けたか・・・今思うと相当ヘタクソだったはずですが、それでも・・・は、ハイドンの作品の造りが安定しているから、なのです。
モーツァルトの「ハイドンセット」の素晴らしさは、勿論否定しないどころか、大いに認めます。ですが、モーツァルトの作品は「誰にでも開かれた」音楽ではないのです。音符の意味を、極端に言えばひとつひとつに至るまで理解できる人によって初めてよい演奏も出来れば、よい聴き手にもなれる。
ハイドンの場合は、たとえば、比較的手に入り易い「ひばり」の楽譜(全パートが書いてあるスコアというもの)を手にとって、モーツァルトと比べてみて下さい(音譜が読めなくてもいいのです。絵模様として比較してみて頂くだけでもいいのです)。見た目がより単純に見えます。ですが、もうひとつはっきりするのは、単純に見える分、抽象度が高い、ということ。図柄・・・デザイン・・・として、整然としているのです。

「交響曲」に劣らず、ハイドンの弦楽四重奏曲には標題付きのものが豊富にあります。
第2楽章のピチカート伴奏の美しさで有名な第17番「セレナーデ」は残念ながら偽作であることが判明していますが、真作に注目すると、1番「狩」、38番「冗談」、39番「鳥」、48番「夢」、49番「蛙」、61番「カミソリ」、67番「ひばり」、74番「騎士」、76番「五度」、77番「皇帝」、78番「日の出」、79番「ラルゴ」、といったところです。

仲間内では、やはりニックネーム付きのものが人気で、上に挙げた「ひばり」を好んで弾く人が多かったと記憶しています。次に人気だったのが、「鳥」・「五度」・「皇帝」、そして、上手い先輩たちのアンサンブルで聴かされると憧れを感じたのが「日の出」と「ラルゴ」、「騎士」あたりではなかったかと思います。

それが、どんなきっかけでだったか全く記憶にないのですが、私はひょんなことで、この標題をもたない「ト長調」がいちばんのお気に入りになっていました。
他県の市民オーケストラに手伝いにいくとき、乗った急行列車ががら空きで、そのときいた先輩連中が仲間に入れてくれて、他にお客のいない運行中の車両の中で、ハイドンの作品76シリーズを弾いて遊びまくったことがありました。このシリーズの第1曲が、今日採り上げたト長調なのです。
お聴き頂ければ分かりますとおり、決して「簡単に弾ける」曲ではありません。移弦がきちんとできなければ輪郭が出来上がりませんし、音程がとぶので、ポジションがしっかり決まっていなければ無様な出来になります。ですが、あのときは、旅行気分の気安さもあったのでしょう、セカンドヴァイオリンを弾かせてもらえたと思うのですが(ファーストだったかも知れず、記憶が定かではありません。内声がファーストを支えるので堅実さを求められますから、いちばん下っ端でヘタッピの私がファーストであった確率が高いと思います)、おそらくそのとき、魅入られたのだと思います。

学生時代は、しかし、自信がなくて、ウチワの発表会のようなことをしてもこの曲を人前で仲間と弾くことはせずにいました。

初めて聴衆となってくれる人たちの前で(それもやっぱり仲間内ではありましたが)この作品を弾いたのは、社会人になって10年くらい経って、
「アンサンブルに関しては、おらあ、もうよく分かっているんだ」
と、いっとき大それた慢心を抱いた時でした。その時どんな演奏をして満足したか、は今でもよく覚えています。その時自分が出した音も覚えています。・・・それはひどい、移弦が露骨で荒っぽい、およそ品のない音でした。

ハイドンの四重奏曲を、是非できるだけ読み直して、信頼できる友人と取り組み直したいなあ、と思う今日この頃ですが、四重奏で意気投合するのって、とても難しい。仕事仲間同士の仲が悪い代表格は、漫才師さんと弦楽四重奏団さんなんじゃあないかと思います。


L4WBanner20080616a.jpg


クラシックCD検索に便利!バナーをクリックして下さい!


sergjOさんの記事の便利なインデックスも是非ご活用下さい。

|

« ハイドン「告別」:ウィーンフィルニューイヤーコンサート2009 | トップページ | 「マイスタージンガー」:東京ムジークフロー12月27日演奏会の音1 »

コメント

僕もハイドンの弦楽四重奏曲ではこの75番が
一、二を争うくらい好きですよ!
第1楽章のあの巧妙なフガート主題には
なんとも言えない魅力がありますよね。
でも一番好きなのは第2楽章です。
あのしみじみとした味わいはもっと多くの人に
知って欲しいと思います。

投稿: Bunchou | 2009年1月18日 (日) 00時30分

ハイドンの緩徐楽章は、掛け値無し、優劣無しに、私は大好きです。
でも、「入っちゃう」人がファーストを弾くと、伴奏側の時はしらけます。
伴奏の仕掛けに乗ってくれる人があのメロディを弾いて、初めて素晴らしさが聴き手に伝わる。
弾くとなると、そういう怖さはありますね。

投稿: ken | 2009年1月19日 (月) 00時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/208675/43672930

この記事へのトラックバック一覧です: 弦楽四重奏の父もハイドンだ!:好きな曲020:

« ハイドン「告別」:ウィーンフィルニューイヤーコンサート2009 | トップページ | 「マイスタージンガー」:東京ムジークフロー12月27日演奏会の音1 »