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2008年12月23日 (火)

ワーグナーの場合:TMF演奏会を前に-2

Tokiomusikfroh200812
特別演奏会東京ムジークフロー演奏会(12/27)、是非お越し下さい。
(バナーはsergejOさんがご好意で作って下さったものです。)
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/1227-22d9.html



心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」・・・是非、お目通し下さい。
http://savedm.web.fc2.com/


大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/sony-play-youcm.html

7d28f9e7282cd6e8記事の最上部でご案内にリンクしました通り、きたる12月27日、私の所属する東京ムジークフローが演奏会を開きます。

つきましては、それまでの間、プログラムを楽しんで頂くうえで興味深いかな、と思われるトピックを少しずつ載せますが、その2つ目です。

プログラムの3曲中2曲までが、いわゆる「ロマン派」の作品であることから、昨日は、フルトヴェングラーが著書『音と言葉』の中で述べた「ロマン派」について見てきましたが、具体的な作品には触れませんでした。

第1曲としてとりあげる「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲の作曲者であるワーグナーについては、フルトヴェングラー自身が同著で「ワグナーの場合」(訳書ではワーグナー、と引き延ばされてはいません)という興味深い長文を綴っています。
今日はここからポイントだけをごくかいつまんでみておくこととしましょう。・・・ここには彼が再三不平不満を述べながら、ナチスの思うがままになっていたバイロイトの指揮者の地位をなぜドイツ敗戦のギリギリまでやめなかったのか(この、傍目には「優柔不断」としか思えない態度が、第2次大戦終結後に、彼がナチ協力者であると断じられる最も大きな原因となりました)を知る上で欠かせないヒントが明確に綴られています。

なお、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲ついては、前に映像をリンクしたものを綴っておりますので、そちらをご参照下さい。
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-ac28.html

こちらは、前奏曲の構成を知る上で欠かせない楽劇の映像もご覧頂けます。
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/1984-03ba.html


文庫本で43頁にも及ぶ長文で、文自体に回りくどいところがあり、結構読みづらいものです。が、文章執筆時期が1941年、すなわちヒトラーのワーグナー好きがドイツ国民の間で良く知られていた頃であり、ワーグナー家で当時主導権を握っていたヴィニフレッドが親ナチだったことも、フルトヴェングラーの歯切れを悪くさせているのでしょう。そのへんを上手に割り引かないと、文章全体を読んでしまうと、彼の意図は全く見えて来なくなります。『音と言葉』の中では、もっとも読解の厄介な(・・・シャレではなく!・・・)一章です。

彼の最も主張したいことは、文章の最後の方になってやっと明確に現れます。そこを前文引用してみましょう(芳賀檀訳)。

「私たちは今日リヒャルト・ワーグナーの作品に対する関係において、一般にいまだニイチェのとった立場から抜け出ていません。ニイチェはあの流暢な、いわばあの典型的と言ってよいやり方で、いわゆる『ワグネリアーナー』とでも言うべきものの二つの顔貌を備えていました。一面において彼は誇張された献身を歌い、その反面においては同じほどに激烈な否定を言います(私注:フルトヴェングラーはここでニイチェの著述を指しているのですが、ワーグナー作品のほうが私たちには身近であり、作品自体にこれを含め以下の特徴を見出し得ます。全体的な典型例は「ローエングリン」や「パルジファル」でしょうか? 「神々の黄昏」も、とくにブリュンヒルデを核にしてこの特徴が把握できます)。一面において止めどもない身も心も捧げきった熱愛を説くかと思うと(私注:「トリスタンとイゾルデ」では全編。「さまよえるオランダ人」ではゼンタの役割でしょうね)、その反面、真っ向から憎悪を浴びせかけます(私注:「さまよえるオランダ人」のオランダ人)。が、ニイチェは、すべての『ワグネリアーナ』がそうであったように、ただ素材的なものの中にとらわれていたのです。/しかし、私たちはそれをこそ、のり超えてゆかなければなぬと思います。そののり超える道は真のワグナー、すなわち『芸術家』ワグナーを知ること以外にはありません。そのときはじめて、私たちはワグナーに対する真の創造的な関係に立つことが出来るでしょう。そのときこそこの国において、この芸術家は何ものであたかを、はっきり知ることになりましょう。」(文庫版153-154頁)

上文に「この国」とあるところに、フルトヴェングラーが「優柔不断」とならざるを得なかった最大の発想を読み取れます。すなわち、彼は、ワーグナー理解を、ドイツ圏内で行なうことに執着したのでしょうし、それが実現できるのは、居残りを決めた自分以外にはあり得ない、という、およそ「優柔不断」とは正反対の強い自負心があったのではないかと思われます。それがますます彼をバイロイトから離れがたくし、ベルリンから離れがたくし、ついては「音楽の自律」を盲目的に信じる以外の発想から離れがたくしたのではないでしょうか?

ニイチェ云々については、この部分だけからは分かりませんので、ニーチェのワーグナー理解について彼が解説している一文をも、参考の為に引用しておきます。私たちのワーグナー理解に照らし合わせても、ニーチェがいかに深いところまで達していたか・・・しかし、何が彼をそれ以上のワーグナー理解から遠ざけてしまったのか、を、フルトヴェングラーは実に的確に捉えています。

「ワグナーの芸術に感動したニイチェは、注目すべきことを書いています。『まさしく、芸術の偉大さとその必然さとは、それがより単純な世界の輝き、もっと生の神秘の謎を手っとり早く解いてくれそうな現象を暗示する点にある。人生に苦悩する者は、何人(なんびと)もこの幻覚なしには生きられない。たとえば睡眠なしには何人も生きられぬと同じように。人生を認識することいよいよ至難となってゆくにつれて、いっそう熱烈に我々はあの単純化への幻覚を欲望する。たとえそれはほんの刹那の出来事であろうと。----またいっそうの事物の一般的認識と個々人の精神的=道徳的能力との間の緊迫は増大する。その絃が断絶せぬために、芸術がそこに存在するのだ』/(中略)----まるでニイチェはこのワグナーの評論においては、のちには真に彼にとって呪詛に値し、憎悪に値するものとなったものを、高々と掲げ賛美しているように見えるではありませんか?/そこまで書いているにもかかわらず、ニイチェはどこか本物の彼自身になっていないことを感じていました。」(123-124頁)

「ワグナーの音楽そのものについて、ニイチェはいろいろと正しいことも言っています。(中略)ニイチェがワグナー以前の音楽を論じているのを見ると、彼は徹頭徹尾ただワグナーによってたたきこまれ、ワグナーによって『墜落させられた』耳を通してしか聴いていないことがわかります。ニイチェは、音楽がそれ自体の中から緊密な、有機的世界を形づくることができること----それによって、ワグナーの全体的総合芸術に----(そこでは音楽はその機能の一部に過ぎない)-----完全に対等に比肩しうるものを表現しうることを知らなかったのです。」(126-127頁)

ここからさらに、フルトヴェングラーはニイチェ問題がなぜもっと世間に敷衍され得たのかについて読者に問いかけ、そのうえではじめてワーグナーそのものについての考察を始めるのですが、その部分を述べているいとまはありませんし、そのような文章の構成こそがフルトヴェングラーの周囲に対する目くらましでもあったわけですから、ご興味があれば本文をお読み頂き、併せて当時のドイツ音楽事情をさまざまお調べになってみることをお勧めして、本日のところはやめにしておきます。

ただ、ご鑑賞頂く上で、いままでと「別の角度」からワーグナーを考えて頂くこともまた、21世紀の音楽を考えていくためには貴重なことではないかと思いますので、あえてこのような引用をしてみた次第です。


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