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2008年12月12日 (金)

モーツァルト番外:カンナビヒの交響曲から

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・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演します!

その大宮光陵高等学校第23回定期演奏会(12月14日)のご案内を掲載しております。

モーツァルトの記念年(生誕250年)でCHANDOSレーベルからヴォルフガングと同時代の作曲家の「交響曲」を中心としたCDが日の目を見まして、当時幾つか入手しておきました(今も結構入手可能です)。

その中に、モーツァルトがハ長調のピアノソナタを贈ったローザの父であり、当時のマンハイム宮廷楽団の団長だったカンナビヒ(1731-1798)のものがあります。

5作収められたその交響曲の中には、マンハイム(やパリ)にはあったけれどザルツブルクにはなかったことでモーツァルトがうらやましがった「クラリネット」を使用した作品もあります。

それを聴いて頂きましょう。

・カンナビヒ:交響曲第57番変ホ長調から フィナーレ

バーネット/ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ CANDOS CHAN 10379

「なあんだ、モーツァルトのシンフォニーより作りが単純だし、平凡で退屈じゃないか」
という印象をお持ちになるのでしたら、それは私たちがモーツァルトにだけ耳慣れしてしまったせいであり、ベートーヴェンやフンメルの室内楽をご存知でしたら、むしろそちらとの類似点をお聴き取りになれるのではないかと思います。・・・ただし、カンナビヒは作曲技術においては当然、これらの後輩たちよりも、これまた劣って聞こえることは事実です。それはセンスの問題というよりは、しかし、時流・流行の問題であり、この点はクリスチャン・バッハのシンフォニーと大同小異です。上でお聴き頂いたフィナーレ楽章などは、活き活きした良い作品だと思います。当時のマンハイムのオーケストラが如何に優れたものだったか、その性能を活かす上では充分な音楽を書いている、くらいまでは持ち上げておいていいかとは思います。

その「あまりのシンプルさ」に、何故当時のマンハイム宮廷が気づかず、「より優秀な」モ−ツァルトを雇用しなかったのか、と現代人は不審がるかもしれませんが(ちなみにマンハイムの宮廷楽団は、まさにモーツァルトの当地への滞在中に急死した・・・その数ヶ月前にモーツァルトが謁見したばかりの・・・バイエルン選帝候の後釜に当地の選帝候がすわることになったため、この年のうちにミュンヘンに吸収合併されますから、モーツァルトが雇用されなかった背景にはそうしたこともありました)、雇い主の選帝候にとっては、カンナビヒの水準で音楽が書かれていれば充分だったのであって(ハイドンもそういう意味では特別な工夫を行なった希有の人だったと言えます)、むしろ人を驚かす要素を持ちかねないモーツァルト作品は「会話の邪魔」だったかもしれません。
この点では、モーツァルトは育ったザルツブルクでの方が、才能をよく認知されていたというべきで、ここにはモーツァルト「父子」いずれものザルツブルクに対する<偏見>がむしろ災いしたのではないかとさえ思われます。

以上、脇道でした。


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