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2008年12月 1日 (月)

J.S.Bach:BWV17,18,19

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高等学校第23回定期演奏会(12月14日)のご案内を掲載しております。

しばらく開きましたが、バッハのカンタータを通じて、八木沢涼子さんの本を主にお勉強を続けていきましょう。(って、ご存知のかたには、あいかわらず全く用のない勉強ですけれど!・・・精神的背景は大事だと思うのです。)

今回は、17番、18番、19番です。
・・・なお、前回正体不明だった「15番」欠番の理由は、古本でようやく小林義武さん著『バッハ 伝承の謎を追う』を安値で入手でき、「偽作だから」と判明しました。J.L.バッハ作、となっています。
「J.L.バッハって、誰?」
と、今度はそっちが分からなくなったのですが、バッハ一族でJ.S.バッハと同時代に生きていてこのイニシャルをもっていた人物は二人います。
一人は、ヨハン・ルードヴィヒ(1677-1731)、セバスチャンの従兄で、ザクセン=マイニンゲン公の宮廷のカペルマイスターだった人です。
もう一人はヨハン・ローレンツ(1695-1773)、こちらはセバスチャンの父代わりをしてくれた長兄の息子です。
セバスチャンは、1726年(彼の第3回カンタータ・シリーズの時期)に前者のカンタータ18曲以上を演奏したことが知られており、さらに調べましたら、その中の5曲が作曲者を"Bach"としか記していないため、、バッハ研究の初期にセバスチャンの真作と誤認された旨が、小林さんの著書(151頁)に明記されていました。この点、補っておきます。ちなみに、BWV15のタイトルは"Denn du willst mein nicht in de Hoelle lassen(汝、我が魂を冥府に捨ておきたまわざれば。oeは、オー・ウムラオトがせいですが、使用エディタが対応していないので置き換えました・・・以下掲載のカンタータでも同じ方法を採りました)"というものだそうです。ヨハン・ローレンツ・バッハの作品であることが判明したのは1959年のことです。・・・このタイトルにふさわしい教会暦の記念日は、何でしょうね? セバスチアンにはこれに類する作品はないそうです。



BWV17 "Wer dank opfert,der Preiset mich" 1-3と4-7の2部からなっています。
詞:2,3,5,6は不明、1は詩篇50と23、4はルカ伝17,15-16、7(コラール)はヨハン・グラマン作(1530)
「感謝を捧げるもの、我を称えん」〜演奏日:1726年8月25日(三位一体祭後の第10日曜日)
・・・三位一体祭については、BWV2を参照して下さい。その後、次の大きな記念日まで、日曜ごとに三位一体最後の「第○日曜日」のカンタータが歌われたことは、BWV58、9に準じます。

編成:オーボエ・ダモーレ(1のみ)、弦楽
構成:合唱〜レシタティーヴォ(アルト)〜アリア(ソプラノ)
   〜レシタティーヴォ(テノール)〜アリア(テノール)〜レシタティーヴォ(バス)〜コラール



BWV18 "Gleichwie der Regen und Schnee vom Himmel faellt"
詞:1はシンフォニア(器楽)につき無し。2はイザヤ書55,10-12、3はルターのドイツ語訳による詩篇118,25、5(コラール)はラツァルス・シュペングラー作(1524)。4についてはパンフレットに記載なし。
「天より雨雪降るごとく」〜演奏日:1724年2月13日(六旬節:四旬節の2週間前の日曜日)

四旬節は、いわゆるカーニバルの週間のあとに訪れる40日間の断食期間で、八木沢さんの本では「レント」という項目で説明されています(『キリスト教歳時記』107頁以下)。早い年では2月4日、遅い年では3月10日に訪れるそうですから、この年(1724年)の四旬節はその中間にあたる時期に始まったようです(すみませんが計算はサボりました)。東方教会ではレントにあたる行事は「大斎(おおいみ)」として、西方よりも長い7週間(49日!)として行なわれます。
四旬節の準備として、6世紀頃には既に行なわれていたのが、1週間前(厳密には「灰の水曜日」の直前)の日曜日の五旬節、2週間前の日曜日の六旬節、3週間前の七旬節だそうですが、四旬節以外はカトリックでは1969年に、英国教会では1980年版祈祷書上から、日本聖公会でも1990年には廃止されたそうで、各派の保守的な分派だけが現在でも守っているとのことです。
ローマ・カトリックでは聖木曜日の日没をもって四旬節が終了するため、四旬節は実質上40日には満たないのですが、ルター派では今でも40日間という日数が守られています。
四旬節の起点となる日の、イースターから46日前の水曜日が、「灰の水曜日」と呼ばれる日で、キリストの受難に思いを馳せることを象徴するために、古くは信者が粗布をまとって灰をかぶる習慣があり、それが「灰の・・・」と関せられるようになった由来である由。40日間は、イエス・キリストが断食をした日数です。

編成:ファゴット(1,3,5)、ヴィオール群
構成:シンフォニア〜〜レシタティーヴォ(バス)
   〜レシタティーヴォとリタニア(ソプラノ・テノール・バス・合唱)〜アリア(ソプラノ)
   〜コラール


BWV19 "Es sehub sich ein Streit" 詞:1,2,4-7は不明、3はピカンダー(1725) 「戦いが起これり」〜演奏日:1726年9月29日(聖ミカエル祭)

聖ミカエルは、かのジャンヌ・ダルクの前に顕現した天使として有名です。モン・サン・ミシェルゆかりの天使でもあります。その名前には「神と似たものは誰か」という意味があるそうです(八木沢著書、210頁)。530年にローマのとある聖堂がミカエルに捧げられたことにはっきりと由来が認められる祭日です。イギリスのエリザベス1世がアルマダ海戦の戦勝の報告を聞いたのも、習慣によりこの日にガチョウの料理を食べていた最中だったとか。・・・悪魔と戦う守護天使、ということから、聖戦に結びつきの強いイメージがあるのでしょう。バッハの選んだ(与えられた?)テキストも、そうしたミカエルのイメージにそっています。
日本にも縁の深い天使なのですが、それはミカエルが日本にキリスト教を初めて伝道したザビエルの守護天使だったからです。
以上も八木沢さんの本から教えられたことですが、ミカエルが力を付けてやるのは次のような人たちだそうですので、追記しておきます。
・誘惑や海難に直面している人
・病や臨終の床にある人
・通信や報道に関わる人
・救急医療師、医療従事者
・芸術家、銀行家、船員、桶屋、八百屋、服飾独楽物商人、帽子職人
・落下傘部隊員、警官、警備員、兵隊、剣職人

・・・芸術家以下にまとめた連中がなんでミカエルの守護下に入るのかは、よく分かりませんが・・・

編成:トランペット(1,5,7)、ティンパニ(1,7)、オーボエ(7のみ)、オーボエ・ダモーレ(3のみ)、弦楽
構成:合唱〜レシタティーヴォ(バス)〜アリア(ソプラノ)〜レシタティーヴォ(テノール)
   〜アリア(テノール)〜レシタティーヴォ(ソプラノ)〜コラール


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