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2008年12月29日 (月)

みんな人生「ドン=キホーテ」R.シュトラウス:好きな曲018

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/sony-play-youcm.html

大学オーケストラは年2回の定期演奏会が主体で、その他に近場への演奏旅行があったり、限定メンバーで隣接する地域へのエキストラ出演に出向く、という活動でした。
弦楽器のエキストラは、在学中ずっと(つまり4年生になっても)何故か私がいちばんの年下で、これはこれで笑い話もいろいろあるのですが、その話は未だとっておきましょう。

定期演奏会では、記憶をたどると、
1年の春〜「ルスランとリュドミュラ」序曲・「リンツ」・「幻想交響曲」
1年の冬〜「『トリスタンとイゾルデ』前奏曲と愛の死」・「小組曲」・「ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲」・「ブラームス2番」
2年の春(夏でした!)〜「ドン・ファン」・(1曲忘れました)・「ベートーヴェン7番」
2年の冬〜「悲愴」の他は忘却
3年の春〜「謝肉祭」・「モーツァルト40番」・「ショーソン:交響曲」
3年の冬〜「リエンチ序曲」・「ハイドン99番」・「ライン」
4年の春〜「禿げ山の一夜」・「モーツァルト25番」・「ブラームス3番」
4年の冬〜「オベロン序曲」・「ブラームス:ヴァイオリン協奏曲」・「ドヴォルジャーク8番」
てなかんじでした。・・・間違っているかもしれません。

5ba21f4c537733bc_2リヒャルト・シュトラウスは、上記の通り、1回だけしか経験しませんでしたが、素人にとっては難しいダブルシャープだらけの箇所があって(全体に占める割合からいえばたいしたことはないのですが)、正しい音程を取るのに非常に苦労した思い出があります。ただ、これは奏者を困らせようとしてそう書かれたのではなく、ドン・ファンという色男をおっかけするかしましい娘ッ子たちのおしゃべりを表わすためなのでして、それまでも聴く方では2つの「ホルン協奏曲」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」が大好きだった私には楽しい練習でした。この時の指揮は大町陽一郎さんでしたが、大町さんという人も(言葉が悪くて恐縮ですが)ずっこけた愉快なところがありまして、
「それではウィンナワルツを始めます、3、4!」
なんてやらかすオジサンでした。(蛇足ですが、ワルツは3拍子です。)



リヒャルト・シュトラウスは、音楽における「描写」に対して非常な自信を持っていた人で、
「私の家族の顔を知りたければ、私の『家庭交響曲』を聴けばいい!」
と言い放ったという逸話もあります。
彼の奥さんが美人なのかそうではないのか、子供さんは利発な顔立ちなのか幼げなのか、映像的に特定の顔そのものを思い浮かべるなんて、『家庭交響曲』を聴いたって不可能です。でも、彼は平気だった。
「ドン・ファン」の最後、決闘に敗れたこの美男子が喉を切られ、そこからひゅうひゅうと息が漏れる音がする場面は、演奏していて空恐ろしくなるほど迫真的でした。まだ「死」そのものに直面したことのない私にも、「死」とはどんなものであるかを、たしかに音だけではっきりと「見せて」くれるのを感じました。
そういう面で、彼がもっとも実力を発揮しているのは、オペラ(楽劇)『サロメ』と『エレクトラ』でしょう。これらの作品は、その衝撃的な内容にふさわしい、調性音楽ぎりぎりの可能性を最大限に発揮して、まだ映画のない時代に空前の大ヒットをとばしたのでした。

ですが、注目すべきは、それ以後の『バラの騎士』や『影のない女』、『ナクソス島のアリアドネ』など、中期の歌劇でして、そちらでは、なおいっそう、心のひだまで細やかに表現しうるようになったこの作曲家の神髄に触れることができます。・・・ただし、私自身がこれらの作品のそのような深さを感じられるようになったのは、成人して、ヘタな恋愛もしてからあとのことでしたが。



リヒャルト・シュトラウスは、何故かその実力に比して評価が低いような気がしてなりません。
生を見つめるにも、死を見つめるにも、こんなに客観的で・・・そのくせこんなに感傷的だった人もいない、と、私は思っております。そんなあたりに、彼の音楽や人間性に入り込んでいききれないものを、彼の音楽を聴く人は感じてしまうのでしょうか?

特に、人生の総決算としての死を見つめる、ということに関しては、彼は「ドイツ帝国」というひとつの時代の臨終をも看取り、「レクイエム」とは題さずに帝国の死を供養する音楽(メタモルフォーゼン)を書き、その数年後には自身も人生の最後を迎えました。

彼は、彼自身の死がどのようなものであるかを、あらかじめ予見していたかのようです。
とあるスペイン文学研究者のかたが、彼の音楽の原作文学への忠実さに驚いたという「ドン=キホーテ」が、その作品です。

今回は、その最後の場面をお聴き頂き、文章もこれまでにしましょう。

・交響詩「ドン=キホーテ」フィナーレ
フィナーレ
ルドルフ・ケンペ/シュターツカペレ・ドレスデン/トルトゥリエ(チェロ)/ロスタル(ヴィオラ)
EMI CLASSICS 5 73614 2

滑稽でない悲劇的人生は、どんな偉大な人にも避けられない。


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