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2008年12月17日 (水)

グルック「アウリスのイフゲニア」序曲:好きな曲016

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・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高校管弦楽部がSONYのウォークマン"Play You"のCMに12月13日から出演しています!

その大宮光陵高等学校第23回定期演奏会(12月14日)は、無事終了致しました。

好きな・・・というには、実は、ちょっと半分複雑な気持ちのある曲です。かつ、いつも「好きな曲」で載せるのは大体5分枠と決めているのですが、8分かかります。
加えて、音楽はグルックのオリジナルではありません。ワーグナーが編曲したものです。

・グルック「アウリスのイフゲニア」序曲(ワーグナー編)

クルト・アイヒホルン/ミュンヘン放送管(1972) DENON COCQ84199

9478a389209df278浪人時代に復帰した「仙台ユースシンフォニーオーケストラ」で、私はコンサートと言えば最初を除いて序曲はこればかり演奏されたようなものでした。
事情が分からないまま体制が変わってしまっているところへ入り込んだこと自体が、思い返せば自分自身を不幸にしました。
あまり突っ込んで記すと、万が一偶然にでもこの記事を読んだ時に傷つく人がいるかもしれませんので、それは死ぬまで胸にしまっておきます。
ただ、なぜこの曲ばかりだったか、というと、それだけこの団体が「魅力のないもの」になり、どこかの高校の弦楽合奏団でも取り込まない限りは演奏会なんか出来ない状態になっていたからでして・・・初心者でもなんとか演奏できるのがこの序曲だったため、都合上その繰り返しになってしまっていたのです。
なぜその制限が取り払えないのか、を、浪人時代からずっと疑問に思っていた私は、演奏レベルを上げたい思いでいっぱいでした。で、幸いにして、前に記したことのある大学に入学でき、学問はしないでオーケストラに入り浸る毎日を過ごすようになりましたが、思いはいつもユースオーケストラの上の方にあって、大学のオーケストラの演奏水準を自分が学んで持ち帰れば、ユースオーケストラも水準が上がる、と、純粋に信じていました。・・・人間模様というものに対しての無知、信じてはいけない人への免疫のなさは、学生ゆえの軽率さだったかもしれません。かつ、学生ひとりが、何の「世間的」下地もないままに「団体の演奏レベルを上げる」だなんてことは、ある意味で愚かな夢想に過ぎなかったのです。

思いだけ向いていても、「大学の水準を身につける」が前提である以上、私がユースオーケストラへ足を運ぶことは自然と減りました。それでも、「行ったらいつでも受け入れてくれる、自分の成果に耳を向けてくれる」と、みんなを信頼していました。
ある日、いつものように間が開いて、「ゴメン、ゴメン」と出向いたら、私の席はありませんでした。指揮者に尋ねたら、
「あ、キミ、もうこなくていいから」
と言われました。背景にいろいろあったことはだんだんに分かりましたが、それは今となっては綴っても無意味です。事前通告なしに、私は「解雇」されていたわけです。
・・・ですが、団員たちの方が、そのことを知りませんでした。指揮者と、私の後釜に座った人物とが、団員になにも告げていなかったからです。
通わなくなったユースオーケストラの団員たちから、
「なんで来てくれないんですか?」
と再三言われました。行かなければならない、と思って、出掛けました。指揮者と後釜氏に言われました。
「なんでまたきたの?」

・・・以後、私は、その団の人たちから、どうやら団を見捨てたオトコ、とレッテルを貼られたようです。どうしても懐かしさに耐えられなくなって再訪した時に、もう新陳代謝したはずのメンバーたちから浴びせられたのは、冷たい視線だけでした。
ですから、これだけは言っておきたいのです。私の方から団への愛着を断ち切ったことはありません。
ただ、あえて理解を求めようとも思いません。時間は、あまりに遠ざかってしまいました。

・・・この話はこれくらいにしましょう。(どうぞ、この事態についてのコメントも、なさらないで下さい。音楽そのものの方へのコメントは、有り難く受け止めます。)

いい思い出も、沢山あったのですから、そちらを大事にしたいと思います。
この団にいたことで、モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」や数曲のミサ曲、同じくシューベルトのミサ曲を演奏することもできました。交響曲は、私が復帰する前の年に演奏されていた「未完成交響曲」以上には進展がなく、管弦楽曲もグノーの「ファウスト」バレエ音楽を繰り返すばかりでしたが。ただ、復帰した最初の年には、メンバーにはまだ、ベートーヴェンの「レオノーレ序曲」第3番をやる力はあったのです。同時に演奏したカバレフスキーの「道化師」は、まあまあでした。ところが、ハチャトゥリアンの「ガイーヌ」からの抜粋、とくに終曲のレスギンカは信じられないほどのスローテンポでした。それが、団に鳴り響きはじめた「不協和音」だということに、私ははやく気づくべきだったのです。2年後の冬に、私はヴィヴァルディの作品3のヴァイオリン2台のコンチェルトのソロの終楽章で、次の年に「後釜」になった人物から手ひどいしっぺ返しを受けることになりましたが、彼にはその痛みはとうとう伝わらずじまいでした。
最初の2年と、この復帰期間と、どちらで演奏したのか記憶が曖昧な作品もあります。ウェーバーの「魔弾の射手」序曲は、2年目にやっていたかもしれません。明らかに復帰後弾いたものには「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲がありました。ベートーヴェンは「第5」くらいはやった気もするのですが、記憶が曖昧です。ロマン派以降の作曲家の交響曲は、この団体では手に余りました。

・・・これくらいにしましょう、と言っておきながら、長くなりました。この話題自体、今後、することはしないようにします。



グルックは、ドイツ人であるにも関わらず、ドイツ語オペラは1曲も作曲していません。作ったオペラの数は膨大だそうですが、すべて、イタリア語かフランス語です。
オリジナルを知らないので私には断言できないのですが、「アウリスのイフゲニア(オーリードのイフィゲーニエ)」は、フランス語オペラだと思います。
ただ、オペラ改革運動を繰り広げたことで高い知名度と名誉を誇った彼は、のちにワーグナーによって理想的な音楽家のひとりと見なされ、そうした経緯で、この序曲もワーグナーによって編曲されたのでした。(編曲には別に、モーツァルトのものと誤認されていたヨハン・フィリップ・シュミット版もあります。)
ワーグナーの編曲は歌劇全体にわたっており、台本もドイツ語に変えられています。
上演ではグルックのオリジナルが演じられることもあるようですが、録音では、遺憾なことに、グルック作品の中では何故かこのオペラだけ、私にはオリジナルでの演奏を見つけることが出来ずにおります。
序曲は、グルックが「オペラ改革」の柱のひとつに掲げた、ドラマの内容と意味を予告し重視する(所有CD解説による)との方針に基づいた、構成のしっかりした作品で、おそらくはモーツァルトの「後宮よりの誘拐」や「ドン・ジョヴァンニ」、「魔笛」などの序曲にも強い影響を及ぼしています(「魔笛」序曲は形式を直接は受け継いではいませんが)。また、オペラ作品がひとつしかないベートーヴェンの場合には、劇音楽の序曲(「コリオラン」と「エグモント」が代表例でしょう)で、グルックの形式を踏襲しています。
ただし、グルックのオリジナルは序曲は序曲として独立で完結するものではなく、そのままオペラ本編に流れ込むものだったそうで(今回掲載した演奏はその部分までになっていますが、演奏会用のワーグナー編曲には、この曲の序奏部を素材にした、序曲だけのコーダがついています)、いつかはそれをオリジナルで確認したいと思っております。

ワーグナー版の録音は、フルトヴェングラーのものやクレンペラーのものもあったと記憶しております。最近のオーケストラでは演目としては採り上げられなくなったようで、残念です。


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コメント

わたしもあなたと同様、この曲には特別な思い出があります。
私の場合は高校のオーケストラでしたが。

いかなる組織にも自分勝手な人はいるものだと学んだ、ほろ苦い思い出の曲です。

初心者でも演奏しやすい、美しい曲だと思います。

投稿: みみず | 2013年12月15日 (日) 01時05分

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