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2008年11月 4日 (火)

古楽の、やっぱり分からん「ピッチ」の話

K先生が、とりいそぎグローヴ日本版の「標準音」の頁をコピーしてくれたのですが、読んで、ますます「???」となっています。

この頁の記述に、16〜17世紀初期の(イギリスの)ピッチについて、こうあります。

フェローズの"The English Madrigal Composers"(1921)中の記述では、(1)家庭の鍵盤楽器のピッチはだいたい3半音現在の標準音より低く、(2)世俗音楽のピッチは今日とだいたい同じ、(3)教会音楽のピッチは2半音ほど今日のものより高い(橋本著がプレトーリウスの記述していることとして述べていることに一致)、という3つの事実が知られている。

ここでいうピッチの標準は、1939年の国際会議で決まったA'=440Hzより前の著述によるもの、かつ、イギリスについての内容です。すると、1921年にはイギリスではどんな高さを標準音にしていたか、ということが問題になりますが、これは19世紀末にイギリスがニューヨークフィルの採用していた標準音A'=440Hzを既に採用していたので、440Hzをもとに観察すればいいことになります。

すると、(1)のA'は370くらい、(2)はA'=440くらい、(3)は490くらい、という感じでしょうか?(大雑把ですけれど、キルンベルガーの音程の比率の表から概算しました。)

同じ頁(の対)に、1880年にエリスという人がまとめた各地の代表的な楽器や団体のピッチの表があって(基準音のゼロポイントを先ほどの370Hzに想定して基準にし、音高差を求めたものです)、17世紀以降の代表的な楽器のA'音の周波数を測ったものを一覧できるようにしてあります。

これを、記載のエリスの表はオリジナルは音高順に並べてありますが、これをいま、の国別に、年代順に、並べ替えてみます(但し楽器や団体が同じ場合は年代差に関わらず並べておきます。なお、エリスの表の全部は上げません。時期が近接していて周波数が類似したものは省略します)。
・・・なお、音叉が発明されたのは1711年のことだそうです(渡部恵一郎『ヘンデル』の年表による)。

<イギリス>
・スミスの低ピッチのオルガン(ロンドン、1690年)〜442.0(370より3.08半音高い)
・ハリスのオルガン(ロンドン、1696年)〜427.7(同じく2.51半音高い)
・ケンブリッジのオルガン(1708年造、測定は1759年)〜395.2(同じく1.14半音高い)
・ヘンデルの使用した音叉(1751年のもの)〜422.5(同じく2.30半音高い)
・ロンドンの初期のフィルハーモニーのピッチ(1813年)〜423.7(同じく2.33半音高い)
・高いフィルハーモニーのピッチ(ロンドン、1874年)〜454.7(同じく3.57半音高い)
・ブロードウッド社の標準ピッチ(ロンドン、1849年)〜445.9(同じく3.23半音高い)
・イギリス陸軍軍楽隊の音叉(1878年)〜451.9(同じく3.46半音高い)

<フランス>
・メルセンヌ(パリの聖職者)のスピネット(1648年)〜402.9(同じく1.48半音高い)
・メルセンヌのコールトーン(1636〜37年)〜563.1(同じく7.27半音高い)
・タスカンの音叉(パリ、1783年)〜409.0(同じく1.74半音高い)
・パリ・オペラ座(1830年)〜430.8(同じく2.63半音高い)
・パリ・オペラ座(1856年)〜445.8(同じく3.23半音高い)

<ドイツ・オーストリア圏>
・聖ヤコービ教会のオルガン(ハンブルク、1688年)〜489.2(同じく4.84半音高い)
・聖ヤコービ教会のオルガン(ハンブルク、1879年)〜494.5(同じく5.02半音高い)
・マッデソンの採用したピッチ(ハンブルク、1762年)〜407.9(同じく1.69半音高い)
・ジルバーマンのオルガン(ドレスデン、1754年)〜415.0(同じく1.99半音高い)
・シュタインの音叉(アウグスブルク、1780年)〜423.2(同じく2.33半音高い)
・シャイブラーの音叉(シュトゥットガルト、1834年)〜440.2(同じく3.01半音高い)
・シュトライヒャー社の音叉(ウィーン、1859年)〜456.1(同じく3.62半音高い)

※イタリアについてはデータが1つしかないので上げませんでした。



A'=440に換算した音高比を上げるべきでしょうが、時間を食うのでとりあえずやりません。

イギリスのデータを見ただけでは、最初に挙げたフェローズの、まず少なくとも(2)は疑わしいと感じます。イギリスのピッチ例に(1)に相当すると推測できるものがないのがイタいのですが、ヘンデルの音叉のピッチがロンドンの初期のフィルハーモニーのピッチに近いことからすると、ヘンデルの音叉は劇場用世俗音楽を想定したピッチではないかと思われ、それはほぼ425Hz程度です(ちなみに古楽の演奏家は435程度を標準と考えていますが、それより低いですね)。
で、フランスとドイツに目を移してみても、パリ・オペラ座の1830年(80年後!)シュタインの音叉(ヘンデルの30年後)、それぞれのピッチは、イギリスの例から推測する限り、世俗音楽のピッチはA'=440だったとは考えにくい。435でもまだ高い。(ただし、ウィーンフィルの19世紀中葉の標準音高は456くらい、と高かったようです。)

とりあえず、ここからは、バロック期の音楽のA'は425〜430Hzが、国に関係なく標準的な音高だったと思われます。国を問わない「劇場用の標準音高」があったために、歌手や楽師たちは別の国を渡り歩くことも可能だった、と考えてよいのではないかと思われます。

では、教会音楽についてはどうか、と見てみると、こちらは国によって差が激しい。
家庭用のピッチが明確ではありませんのではっきりしたことは言えないのですが、イギリスの家庭用のピッチがエリスやフェローズの想定通りだったとすると、ちょっとばらつきが大きい気はしますが、イギリスなりの(3)の原則は「家庭用ピッチ」を基準として成り立つ。
フランスは、同じメルセンヌが家庭用と教会用でどうしてこんなに大きな音程差を設けたのかは不審という他なく、他の例を知りたいところです。数値はまだ手にしていないのですが、K先生のお話ではフランスのオルガンは435くらいだった、とのことですから、そうしたデータを是非入手したいところです。

ドイツは、全般にイギリスに比べて標準音高のA'は50Hz程度高かった・・・それが18世紀まではそのまま家庭でも劇場でも用いられていたような印象があります。やがて、劇場用のピッチはフェローズの説に近いものになった(従って、イギリスで立てられた説であるにも関わらず、フェローズの原則はドイツにおいての方がピッチについてしっかり当てはまる)。
オルガンは、古い時代から、家庭を基準とすると既に5半音高い。
経済力がなかったからかどうかは分かりませんが、同じ聖ヤコービ教会のオルガンが17世紀末と19世紀で修理で仮に管が短縮されたのだとしても、それほど大きな切断による短縮ではなかったことは、上がったピッチの数値の小ささから判明します。
すると、秋元道雄著『パイプオルガン 歴史とメカニズム』(ショパン社)で述べられている、ジルバーマンオルガンは修理によってピッチが大幅に変化してしまった(本来は2半音低かった)としているのは、現在のジルバーマンオルガンのピッチも聖ヤコービ教会のピッチも近似していること、を考え合わせると、むしろ疑わしいのではないかと思われて来ます。
フランスのオルガンのピッチについてのデータが少なく、K先生のお話も勘案すると、結論は出しにくいのですが、ケンブリッジを除いたオルガンのピッチがイギリスの家庭用ピッチと推定されるものよりやはり3半音程度高く設定されていることからしても、国による完成の違いで幅が違うだけで、教会音楽はやはり家庭音楽よりは本来的に相当高く設定されていた。ドイツ圏では、それはバロック当時から470Hz程度だった、と見た方が自然な気がします。・・・エリスの表に上がっているジルバーマンオルガンの標準音高の低さが気になるところですが。。。

こればかりは、まだまだいろいろなデータを集めてみるしかなさそうです。

・・・また、訳の分からん記事になってしまいました。すみません。

なお、オルガンの音高が相当高い時、弦楽器はどう対処していたか、という話もありますが、これは弦の太さを変えたのだろう、というのがK先生のお話でした。バロックの楽器では当たり前に使われるガット弦は、今でも「オンス」で売られている・・・すなわち、太さ、長さのヴァリエーションが豊富ですから、そんなところなのかなあ、と思います。いちいち駒の高さや糸枕の高さで弦の張力を変えて対処するのかなあ、などと考えてみたこともありますが、それは不自然に過ぎます。実際、現在のバロックヴァイオリニストは弦で対応していらしたと思います。間違っていたらゴメンナサイ。

それにしても、この話題は、もうこれくらいにしたいな。訳分からん!


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