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2008年11月16日 (日)

音楽は化合物である・・・その原子・分子・結合

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・・・是非、お目通し下さい。



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・・・標題のような割り切りは、どうか、とも思いました。
もっと狭めて、「メロディは化合物である」というのが、これからの文章において述べることの出来る限界です。でないと、延々と例を引いて大著を著さなければ無くなるし、私のような無知蒙昧の徒がそんな本を作ったところで、読み手はいません。
ただ、とにかく、昨晩、自分たちのアマチュアオーケストラの弦楽パートの練習を担当させて頂いて、
「ああ、そういう要素できちんと捉えておかないと、演奏する上での音楽作りなんて、とても出来ない」
と、痛いほど感じました。
それは練習に出掛ける前からアタマを悩ませたことでもありましたし、いざ練習に入ってみて、メンバーの出す音を聴きながら、痛切に感じたことでもありました。
また、こうして考えたことは、明日掲載する予定で下書きをしている、「バロック初期のイタリア音楽の見直し」をする上でも、非常に重い要素となってくるはずです。


180pxatome_de_rutherford自然科学でいう「物質」ではない以上、音に「原子」なんてあり得ないのです。
ですが、古代ギリシャに戻って、デモクリトスの発想にまで戻っていけば、音に原子があってもいい。

明日採り上げようと思っているイタリア初期バロックのオペラ創始者の一人、ペーリが、レチタティーヴォ理論、というものを打ち立てています。全文を読めたわけではなく、引用している文献からの孫引きですが、その初めの方の部分に、こうあります(語順は変更しました)。
「古代のギリシアやローマの人たちは、(補:劇中での朗詠に関しては)劇詩に関することでしたし、したがって語る人を歌で模倣しなければならなかったのですから、通常の語りよりも高揚していながら、歌のメロディよりはかなり抑えた中間の形態をとるようなメロディを用いたと私は考えました」(東川清一編『対位法の変動・新音楽の胎動』所収、V.パリスカ著 佐竹淳 訳「新音楽の始まり」p.119、春秋社2008.9)
こんにちの殆ど全てのオペラ(ワーグナー系は除く)が恩恵を受けることになる、いわゆる語りの部分を扱う部分の音楽「レシタティーヴォ」は、ペーリのこの発想から生まれたものです。
ペーリの発想はさらに、<それでも地球は回る>で有名なガリレオ・ガリレイの父で音楽家であったヴィンチェンツォ・ガリレーイやその仲間たちの恩恵を被っているのですが、そのおおもとは硬派の理論家だったメーイと言う人物の思想にあります。
メーイは、16世紀当時の、発展した対位法の声楽が、「さまざまな旋律を混ぜ合わせてしまうこと」で「言葉の想念がすべて聞き手からひったくられてしまい、そして全員が(補:違ったリズムやメロディで)同じ言葉を発するので、その結果どの一人の言葉も聞き取れないことになる」(前掲書所収「新音楽史」p.97、津上英輔)ことに対し警鐘を発したのでした。
なぜそのような警鐘が発せられる状態になったのか、それはいかにして解決されたのか、は、明日予定の記事で実際にお聴き頂くなりしてみたいと思っております。
ともあれ、「クラシック音楽」のおおもとは、言葉のリズム(と響き)をどう扱うか、に重点を置いていたことは、16世紀のこうした言動の断片からも窺うことが出来ます。



器楽においては、言葉は用いられませんから、西洋音楽史上は、器楽は17世紀までは声楽より下位に置かれていました。その地位が逆転してからあとが、問題でした。19世紀までは、それでもとりあえず西洋音楽の伝統は、少なくとも17世紀以降にいちおう確立した、比較的安定したルールに沿っていれば、困った事態を引き起こすことはありませんでした。言葉が使われていようがいまいが、背後に、それまでの声楽の詞が築き上げて来た「韻律」があり、そのパターンの在庫をどれだけ多く持っていて、どれだけ適切に組み合わせ得るか、で音楽の質の善し悪しが決まる、という了解事項があったからだと思われます。(多くの作曲家がオペラで名声を得ることを望んだことの社会的背景も絡んでくるのだと考えていますが、そこまで突っ込むのは、いまはやめておきます。)

19世紀に入って、「器楽の純化」が進みはじめた時に、音楽は再び困難に直面することになります。
「調」の問題を挑発的に浮き彫りにしたのはヴァーグナーで、それは20世紀には完全な「調性破壊」を西洋音楽界にもたらします。
もう一方で、リズムの破壊も進んでいたのですが、これは挑発者が明確になっていません。・・・ただ、少なくとも、リズムの破壊の上で大きな役割を果たした一人は、間違いなく、ブラームスです(そう私が考えた根拠はこちらのリンクの文をご覧頂ければ幸いです)。彼自身が彼の作品を「新古典派」と称されることをいやがったことを傍証にしてもよいでしょうが、彼の作品が何拍子か、は、殆どの作品で必ず途中でぼやかされます。試しに、ブラームスの第4交響曲の中間部を例に出します。ここの指揮は、名指揮者と言われている人でもどこか不自然なのは、映像が豊富に見られるようになった現在では容易に確認することが出来ます。ムラヴィンスキーは、なんと、指揮棒をおろしてしまっています!
ブラームスがリズムの破壊者だ、と確信できるのはこうした要素が彼の作品の多くにちりばめられているからですが、それはブラームスが過去の音楽に対する熱心な研究者であったことも大きく関係しているでしょう。その過程で、彼は、音楽が「韻律のパターンの組み合わせ」であることを見抜き、組み合わせを解きほぐすことに成功し、「韻律のパターン」をより細かな要素・・・長い音符はより小さな音符に、それはさらにより小さな音符に、と、限りなく分割していくことが可能であること、そうやって分割された音符が再結合されることによって、新たなパターンが無限に生成しうること、の、少なくとも二つの側面を発見したが故に、それ以前の作曲家に比べるとはるかに豊かな、一見不規則にズレていくようなリズムパターンが再構築されていくことをも実践で証明してみせた(但し、言葉では語らなかった、という意地悪をした)のではないか、というのが、私の最近の感触です。
ブラームスの「発見」したものはもうひとつあって、それは「無調」に走った人たちが見落としていた「音程」というもののなかに秘められた「音程の中に既に持ち合わされている、音程が次にどの方向へ行きたいか、という指向性(音程のベクトル)」というべきものです。
「調」の破壊を実践したリスト、推進したヴァーグナーも、暗にこのことには気づいていたと思いますが、ブラームスほど明確に出来なかったのは、とくにヴァーグナーの場合には「音楽の連続性」に対しては何の疑念も挟まず・・・自分が作り上げる音楽の流れに絶対の信頼をおいていたためでしょう。
ブラームスの音楽は、同時代人の皮肉屋には「メロディがない」とまで非難された。第4交響曲の冒頭などは、初演の際、日本語で付けてみるなら、「ありゃ、また、在りゃ、せん、どこ、君、メロ・ディ?」みたいな皮肉な歌詞で歌って帰った連中がいたそうです。でも、裏返せば、これは、ブラームスの名誉です。ちょっと聴いた耳にはメロディレスでも、情緒的な音楽が成り立つことを、彼はこの交響曲の初演の大成功で見事に証明した、という歴史的事実が残ったからです。一見存在しないメロディが、実は音符という「分子」に内在する「ベクトル」によって、きちんと成立していたことを、多くの聴衆が悟って帰った、というのは、とても大切な出来事です。
この「分子」・「ベクトル」ということを、ごくかいつまんで補って説明しておかなければなりませんね。



音の分割を無限に行なってしまうとどうしようもありません。
ブラームスが見出した、その無限の可能性の終点を「音の原子」と名付けるならば、古代ギリシアの原子論にはぴたりと当てはまります。メロディを構成するのはいろいろな長さの音符ですが、そのどれもが「音の原子」にまで分割可能です。原子にまで分割された音符を、ある一定の長さにまでまとめたものが、八分音符という「分子」であり、その倍になるまでまとめたのが四分音符という「分子」で、と、これはまた以下延々とまとめていくことが可能です。それを、適切と思われる「分子」同士を組み合わせたものを、任意のバランスで緩く結合させると、そこに音程という「化合」が生じます。この音程の「化合」の「心地よさ・不安定さ」、すなわち、芳香を発するか腐ったにおいを放つかを決定するのは、以下のような過程によるものかと考えます。すなわち、先行する「分子」が次に向かってどう進もうとしているか、という「ベクトル」を内包しており、そのベクトルによって音程の「におい」が決定します。さらに、その「におい」がどう連続するか、が、まずはひとつの「メロディ」全体の「におい」を決定する。
これにより、「メロディ」とは音のどのような種類の分子がどのように結合するかによってその香りを 決定づけられる「化合物」である、ということが出来る・・・それがブラームスの発見であり、実践だったのではなかろうか、と思う今日この頃です。


音の「分子」の結合による「におい」の違いについては、これはまた中世以降発生した「対位法」の中でさまざまな人の発見の積み重ねがありました。ですから、ブラームスを「発見者」と決めつけるのではなくても、すでに長い歴史を持っていた。
このことは、先に文献として上げました『対位法の変動・新音楽の胎動』の冒頭に翻訳を収録してあるイェバサン「対位法理論師概要」をお読み頂くと明確に分かります。この「概要」そのものはむずかしい文章ではありますが、論は明解ですし、読む上で必ずしも楽典などの専門知識は必要ではありません(楽典用語が出て来ても、文脈から意味が推測できるものばかりです)。
この書によって、和声法の禁則も・・・和声法そのものも・・・端的に言ってしまえば対位法からの派生物であることがよく分かりますが、それはなによりも、音の分子の「化合」がどうしたら合理的に成されるのか、に対する中世からの西欧の人々の試行錯誤の結晶なのだということは、私たちがほんとうに「クラシック音楽」を理解する上で今まで欠落していた知識ですから、是非、ご一読、ご玩味なさってみて下さい。
中でも、対位法の交通整理に大きな役割を果たしたティンクトリスの打ち立てた8つの原則の内容(p.31〜p.32)は、次世紀以降の音楽の本質を理解する上で必須のものだと言えます。
詳しくは書籍本文を参照して頂くべきですが、今回の最後に、簡単に要約しておきます。

1)対位法は、アウフタクトから始まる場合を除き完全協和音程で開始すること。
2)平行五度(ド-ソ|レ-ラ|ミ-シなどの連続)・平行オクターヴは使用禁止、3度6度は可
3)保持された同一音高に対する同音反復は不協和音程も許されるが、望ましい場合に限ること
4)音程が大きな跳躍をする場合にも旋律の形が崩れないよう充分留意すること
5)旋律の流れを疎外するような終止型は不可
6)等音価の定旋律に対しては、鐘や角笛の模倣でない限り、定型の対旋律の反復は許されない
7)等音価の定旋律に対しては、同一音高上での終止型を接近させて用いてはならない
8)対位旋律は、絶えず多様性と変化を生むように努めなければならない(シャンソンを除く)

・・・シャンソンは、単旋律の歌を前提としていて、それには簡単な対位旋律しかつかないだろう、ということが第8則の「例外」の前提にはあるのではないかと思いますが、それは明日述べるつもりです。

以上が、「音楽が香るための、芳香を生み出す最小単位はどうあるべきか」についての、もっとも最初にまとめられ、最も長い間守られた規則です。


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