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2008年11月22日 (土)

フーガト短調三態(J.S.Bach):「音楽」を考える大きな鍵

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・・・是非、お目通し下さい。



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すみません、夜、時間が出来て、久しぶりに夢中で楽器を手にしていましたので、ブログの方は手抜きです。

バッハが、とある全く同じフーガを、自身の手で三種類、別々の楽器向けに書いてます。
今日は、余計な説明は最少限にして、その3つを聴いて頂くことにしました。

・ヴァイオリン(BWV1001)
ヴァイオリン
スザンネ・ラウテンバッハー

・リュート(BWV1000)

コンラート・ユングヘーネル  BMGカンファレンス(deutche harmonia mundi ) BVCD38086


・オルガン(BWV539。これだけはプレリュードが付いています。1分48秒あたりからのフーガにご傾聴下さい)
オルガン
ヴォルフガング・シュトックマイアー memran Music 223498

ヘタクソなヴァイオリンを弾く私は、ヴァイオリン版の楽譜(これが原点です)を眺めながら、
「これがたとえば鍵盤楽器用だったら、和声付けのために音を変えたりするのかなあ」
と思い、ヴァイオリンではその頭の中で補った対位旋律がちっとも弾けなくて自分にガッカリしたもんでしたが、今回掲載したのは規範的な演奏ですので、もちろんちゃんと弾けています。
・・・で、リュート版は撥弦楽器の特徴でヴァイオリンより音が残るのかな、と想像していて、実際聴いたらそんなに大きな違いを感じない。
さすがにオルガンは違うだろうと思ったら・・・オルガンもヴァイオリンで弾かれるときと変わりない。

他人が編曲したのではないのです。バッハ自身が、ヴァイオリンのために書いたフーガをリュート用に書き直し、オルガン用に書き直し・・・しかも、それぞれに、基本的には何も付け加えなかった。

「作曲をする時、音楽家は何を考えているんだろう」
という問いへの、ひとつの偉大な回答例です。

すなわち、楽器のために音楽を、ではなく、音楽そのもののために音楽を、という発想がある。
楽器は、そのために選ばれる道具に過ぎないけれど、音楽がいちばん光を発するためには何(どんな道具、手段)を使ったらいいか、とは考えるのです。

「このフーガ(という手段)は、ヴァイオリン(という道具)だけに限らない、他の楽器(という道具)でも、音楽として輝かしく生きるのだ!」

大バッハは、そのように考えた、のかどうか。

お聴きになられて、どうお感じになられますか?

これが、この先、
・「音楽は何をもって認知されるか」
・「そもそも、音楽とは具体的な存在なのか、抽象なのか」
等々、さまざまな問いに対する答えを見出す鍵になっていくのです。


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