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2008年11月 6日 (木)

「ウィーンの森の物語」(J.シュトラウスⅡ):好きな曲002

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3388849140ウィンナワルツ、と言えば、いまやウィーンフィルのニューイヤーコンサートです。それも、衛星放送で、ウィーンでの上演と同時に日本でも見ることが出来るご時世です。

ですが、半世紀前の日本人にとっては、遠い異国の「夢」の音楽だったのではないでしょうか?

小学校の2年か3年の頃、我が家には、日本人が演奏した「ウィンナワルツ集」のフォノシ−ト(ソノシートという呼び方が普通でしたが、これは朝日ソノラマ社かどっかの登録商標だったと思います)がありました。2枚組だったかと思います。演奏は、今思うと、おそらく日本人による寄せ集めの小規模なスタジオ用オーケストラで(当時は学校の鑑賞用のレコードもそういうオーケストラによって演奏されているものが少なくなかったはずですけれど、演奏の質は決して悪くはありませんでした)、私はそれを聴いて、有名どころのワルツのメロディを覚えました。
ところが、当時のフォノシートでは作品をオリジナル通りに演奏しているものは稀でして、中学生になって聴いたLPで「本物」を聴いた時には、あまりの曲の長さと作りの違いにビックリ仰天したものでした。

それでも、そのフォノシートで嬉しかったのは、曲によっては魅力的な詞の合唱がついていたことでした。なかでも、「ウィーンの森の物語」についていた歌詞は、もうちっとも覚えていないのですが、一節に<月が銀の矢を放つ>なんてのがあって、子供心に想像力をかきたてられたものでした。・・・ちょうどアメリカのロケット、アポロが次々と月にだいぶ接近していた時期でした。(人間の月面着陸はこのワルツの思い出の頃より少し後です。)小学4年生くらいまでは、夕方遊び終わって帰ると、三畳の部屋にこもって夜ご飯まで、いや、ご飯の後も叱られるまで、大声で歌うのが大好きな子供でしたので、当時は歌詞をすっかり覚えて繰り返し歌っていたはずなんですけれどね・・・小5(実質上は小6)で楽器に夢中になり始めてからは、歌詞を忘れるようになりました。

そんな思い出もありますので、今日の「好きな曲」では、「ウィーンの森の物語」を、ウィーン少年合唱団が歌ったものでお聴き頂きましょう。1988年録音のものです。


EMI EASTWORLD TOCE7925-26

これを器楽でオリジナル通り演奏すると11分かかるのですが、合唱は4分半ほどに短縮されています。
ただし、歌詞(ドイツ語)は相当長いものが付けられているので、掲載は省略させて下さい。



ヨハン・シュトラウス二世が父の反対で10代の後半まで音楽活動が(表面的には音楽の勉強も)出来なかったのは有名な話です。それが、ちょうど20代を迎えた頃に15人編成の楽団を組織し、あっという間に父を上回る人気を獲得し、父と険悪な関係になったりしています。作曲したメロディの美しさが人気の秘密であったのも間違いないでしょうが、オーストリアで革命のあった1848年(シュトラウスは23歳でした)には共和制支持派に回ったことも、こんにち彼がなおウィーンで重んじられる上で大きな意味を持っているものと推測されます。
そんな彼も、ほんとうに今日に残るワルツを書くようになったのは40代の頃でして、「ウィーンの森の物語」は1868年、43歳の時の作品ですし、「青きドナウ」もその前年の作品です。
ただ、ワルツ王と呼ばれているわりには作ったワルツの数は168曲、というのが、以外に少ない気がしないでもありません。彼がワルツ王と呼ばれるようになった背景には、協力者となった弟ヨーゼフの、やはり素晴らしい作品群もヨハンの楽団で演奏されたことによる「割増」があると考えていいでしょう。
とはいえ、さらに1871年からはオッッフェンバックの人気に対抗してオペレッタの創作も始め、今日でもオペラ劇場で欠かすことのできないレパートリーとなっている「こうもり」を筆頭に名作を残したことは、今なおウィーンの人々の誇りになっていることでしょう。

ヨハンは49歳のときに最初の妻(年上でした)と死別、その後30歳年下の女性と再婚するも上手くいかず、3度目の結婚でようやく心の安らぎを得、74歳で亡くなっています。


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コメント

花咲く岡辺よ 鳥鳴く緑よ 麗の日陰に 煌めく眺めよ
そよ風渡れば 燃え立つ緑よ 春けき夢の 
森は囁く森は囁く懐かしく愛らしく
森は囁く森は囁く昔の森は話かける


コロコロ露は散る ビロードの草の上
キラキラ灯が揺れて 金の矢を散らす


見れば彼方に 山羊(パン)の神が
ラ…
異議を繕い 空を練りゆく
ラ…

 
ドナウの波間に いつしか日は落ち
ざわめく姿も 闇の中に 影を隠せば


ラ…
眠るしじまよ 雲を浸すは
銀の星屑 山の上に淡く月の冠
梢の鳥も目覚めぬ 静かな春の夜

愛の翼は森の中を駆け巡り
艶やかな夢をまいている

ラ…
眠るしじまよ 雲を浸すは
銀の星屑 山の上に淡く月の冠
梢の鳥も目覚めぬ 静かな春の夜

花咲く岡辺よ 鳥鳴く緑よ 麗の日陰に 煌めく眺めよ
そよ風渡れば 燃え立つ緑よ 春けき夢の 
森は囁く森は囁く懐かしく愛らしく
森は囁く森は囁く昔の森は話かける

って歌った気が。
同じ歌だと共感できて嬉しいのですが、記憶は曖昧。
大好きだったS先生の記憶、私は一瞬小学生の頃に帰っていました。

投稿: みー | 2012年7月13日 (金) 10時52分

みーさん

そうだそうだ、これでした!
記憶力が悪くて全部は思い出せないのですけれど(><)
たどってみると、この通りだったように思います。

ああ、なつかしい!

ほんとうにほんとうに、ありがとうございます!

投稿: ken | 2012年7月14日 (土) 09時50分

私も何故か急に思いだし、なんとなく検索していたらこちらにたどり着いたのです。
良かったよかった!

投稿: みー | 2012年7月16日 (月) 20時59分

これです!幼少のみぎり、家族旅行のドライブ中にバックシートで歌っていました。大好きな歌です。薄いビニールのレコード盤で覚えました。4・5枚セットで、他に皇帝円舞曲、などのワルツばかりで、唯一歌詞(日本語)の入っているのが、これでした。あ~懐かしい~♫ ありがとうございました。

投稿: cutiecat | 2014年5月 5日 (月) 18時28分

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