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2008年11月18日 (火)

ホントの初恋は辛かった(ベルリオーズ <断頭台への行進>):好きな曲010

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



ファジル・サイのつくば公演もお聴き逃しなく!
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/in-808f.html


従来の話題も復帰すべく怠らず勉強しておりますので、そちらはしばしご猶予下さい。モーツァルトは、短期しか滞在しなかったにもかかわらず、マンハイム時代の関係書簡が膨大で、純粋に「音楽」だけを観察して割り切ろうかどうか迷っています。もう一方の、感覚と音楽の関係については、読み解く道具の基本的な勉強にまだまだ時間がかかりそうです。・・・藤原定家関係は千五百番歌合が一向に読み終わらず、1年が経とうとしております・・・(T_T)


86176bf0d291fa62吹奏楽部のない新設校は不満でしたが、その発散に、私は友達連中に誘われるまま、部活動を4つ掛け持ちする、という暴挙を冒しました。陸上部・剣道部・音楽部・それから、男子部員が一人しかいない、と心細がられた友達の泣き言に釣られて、センスもないのに美術部。・・・もちろん、どれひとつとしてものになりませんでした。いつどこで何をしているか分からないから正部員扱いはされませんでしたし、それで気楽に、昨日は走った、今日はしないを振り回す、明日は仕方がないから油絵でも描くか、と、勝手気ままもいいところでした。
そんな生活を送って1年経ち、中3の時には大きな出会いも経験しました。
私の市と「音楽姉妹都市」だと言う長野県中野市に市の代表として行き(私の学区は当時、市が最も力を入れていた新興住宅街でした・・・今では陸の孤島化して老人世帯ばかりになってしまっています)、自己流でヴァイオリンの製作を続けているOというおじさんとも出会い、以後大学2、3年の頃、Oさんの奥様が亡くなるまで、家族ぐるみで交流することになったりしました。ヘタクソきわまりないのに、この出会いがきっかけで、同じ時中野市に行った、こちらは正真正銘エレクトーンのうまかったEさんと一緒に地元のテレビに出演させられたりしましたし、Oさんから自作の寄贈も受けました。(Oさんの若い頃の話は、その後児童向けの本にもなりました。)今思うと、大それた出来事でした。この時の同行者には、その後東北のピアノコンクールで優勝したS.T女史(私と同じ歳です)もいましたが、いい育ちであるにも関わらず、カラッとした親分肌の性格で・・・いまどう過ごしているかな、と、ふと思い出すことがあります。

こんな頃に、岩手から転校生が入って来ました。美人、とまではいかなかったかも知れないけれど、目鼻立ちのくっきりした、髪の毛が栗色の、話すと気さくな子でした。席替えでも不思議と同じ班になることが多く、今度はラブレターなんか書くことはありませんでしたが、傍にいると気持ちが落ち着くような、反対に落ち着かないような、妙な気分ばかりを味わいました。イッちゃん、とみんなに呼ばれたこの子が、いつも心から離れなくなっていました。
「こいつがホントの恋、ってもんか」
というので、熱中したのがこの曲です。

・ベルリオーズ「幻想交響曲」(今回掲載は第4楽章「断頭台への行進」)
断頭台への行進
アンドレ・クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団 KING K32Y 183



中学で一緒の間、イッちゃんとは上手くいっていました。・・・というより、イッちゃんの存在が他の何よりも私の慰めでした。というのも、働いていた母に代わって私を小さいときから育ててくれた祖母が、私とは「血のつながりがない」ことを、中2のある日突然聞かされ、しかも祖母と母の間がうまくいっていないことを知らされ、アタマも心も混乱していたからです。大人になってみれば、どんな家庭でもなにかしらの葛藤があるのは自明だと理解できますけれど、まだ十代半ば程度の人生経験では混乱していた自分の気持ちをどう整理していいのか分からず、訳の分からない本を買って来ては授業中に机の下で読む、という習慣は、このころいっそう強まっていました。・・・あるとき、こんどは年輩の国語の先生から職員室に呼びつけられ、おそるおそる出向いてみたら、先生、引き出しを開けて
「しょうがねえなあ」
と、当時で二千円分ほど(と記憶しています)の図書券をくれた、なんてことがありました。イッちゃんに会うまでの自分は、気持ちの根っ子では、本と音楽以外に慰めがありませんでした。

イッちゃんと会った後、一番嬉しかったのは、美術の時間にある友達が私のイーゼルの足を間違って折ってしまった時に、泣きそうになったその友達に「気にしなくていいよ」と声をかけたら、あとでイッちゃんがにっこり、「ken君、優しいんだね」と言ってくれ、舞い上がってしまっちゃったときでした。
中学での恋愛経験なんて、さほどのことも出来ず、大袈裟な思い出はありません。ただ、高校受験が近づいた時、イッちゃんと僕は「同じ高校に入ろうね」と約束したのでした。
ところが、イッちゃんは頭が良かった。かつ、私たちの市は男女別学が多かった。
イッちゃんは賢いから、親御さんや先生にも「将来性」を説得されたのでしょう、若尾文子が在学していたことがあるので知られていた名門女子高に入ることになりました。私はせめてその学校の近くの高校に入れるように、3年生の暮れから重い腰をやっと上げて夢中で勉強したのですが、もう追いつけるほどの学力を付けるまでには至りませんでした。それでも、自分としては最大の難関校に合格しました。合格発表後に学校に報告に行ったとき、イッちゃんとすれ違いました。
「おめでとう」
とイッちゃんは言ってくれたけれど、約束違反をされた、という思いでいっぱいだった私は、イッちゃんにお祝いを言うことが出来ず、そっぽを向きました。イッちゃんと言葉を交わしたのは、それが最後でした。

それから3年、どんな理由からだったのか、とうとう分からなかったのですが、イッちゃんは自分の家の物置で首を吊って自殺しました。人づてに聞いた話では、中3で転校して来た当時にはすでに、イッちゃんは何回か手首を切ろうとしたことがあったのだそうです。・・・ほんとうに中学生の頃からそうだったのか、もしかしたら、あの、私がお祝いも言わないですれ違ってしまったことが原因なんじゃないか、と、これは自分が働き出して「人生損な甘くも簡単でもない」ことを思い知らされるまで悩みました。

Y.Kさんに抱いたほんのりした好意とは違う気持ちを、私はイッちゃんに持ち続けていたのですね。
これが、だから、私のほんとうの初恋だったのだと思っております。

余分な話で長引きました。



私の初恋は、しかし、ベルリオーズのように熱狂的なものではありませんでした。女優に恋をして、無名の自分を売り込むために必死で書かれたという伝説(まあ、事実に限りなく近い伝説ですが)を持っていたのを知って夢中になった『幻想交響曲』は、私は「好きな曲009」でご紹介した「アルルの女」の指揮をしているマルケヴィッチの録音で愛聴していました。
『幻想交響曲』にはフランス系指揮者のもとでなされた録音にはシャルル・ミュンシュのものを始めとした名盤が目白押しで存在するのですが、今日掲載した演奏は、アンドレ・クリュイタンスというベルギー生まれの名指揮者がたった一度だけ来日した1964年に東京文化会館で残した録音です。
この録音、なかなか面白くて、ヴァイオリンがミュートを外す「コリコリッ」なんて音まで入っていたりしますが、私が少年〜青年時代に聴いたオーケストラの響きがします。それは、古楽派であるかモダン派であるかを問わず、現在では経験できない、豊かな倍音が会場に充満するような音でした。ナマで聴けなかったことが返す返す残念ですが、この録音の当時は私は幼時でしたから、仕方ありません。
同じ来日時にラヴェルを演奏したのを聴いた方の経験談がありまして、そのときは、「ダフニスとクロエ」第2組曲が、まだ音が鳴り出すのが聞こえる前から、空気が波立って押し寄せてくるのを感じたそうです。
クリュイタンスは、ベルリンフィルが初めて自分たちの<ベートーヴェン交響曲全集>の製作を企画したとき、彼らが選んだ指揮者でもあります。日本で最も「偉い」らしいクラシック音楽評論家Y氏の評論では、クリュイタンスのベートーヴェン演奏はものたりない、ということになっていますが、これには正直言って腹が立っています。「自分たちにふさわしい」ベートーヴェンに取り組むにあたって彼らが選んだ指揮者は、カラヤンでも他の指揮者でもなく、クリュイタンスだった、ということを、もっと考えて頂きたかった。ベルリンフィルのメンバーが「ごついばかりがベートーヴェンじゃない」ということをしっかりアピールしたかったのではないかと思います。全部の交響曲がオーケストラの意図にかなう結果ではなかったとしても、第4・第7・第8は今なお、ベルリンフィルが残した、これらの交響曲演奏の最高傑作だ、と、私は信じて疑いません。
ベートーヴェンの交響曲全集は、現在は国内盤では手に入りません。
「幻想交響曲」とラヴェルの演奏は新装版となって再発行されています。

なお、私の「幻想交響曲」初演奏は、大学1年の春、小林研一郎さんの指揮の下で経験させて頂きました。セカンドヴァイオリンの最後列でした。


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コメント

最近は、めっきり聴かなくなった「幻想・・」ですが、高校入学で買ってもらったコンポ・ステレオの前で、いつも指揮のまねをしながら汗だくになりながら聴いていました。今はもうどこへいったかわからないレコードですが、たしかショルティ・シカゴ交響盤だった気がします。40日ぶりに自宅です。只今、NEW HDDへのMozart Mp3化で奮闘中。

投稿: ランスロット | 2008年11月22日 (土) 09時43分

ランスロットさん

「幻想」で指揮マネ・・・覚えのある人が多いんじゃないかな?
最初の楽章から、思わずやりたくなるほど、この交響曲の起伏には人を<肉体的に>引き込む不思議な力がありますよね。
それにしても、40日ぶりのご帰宅ですか・・・ウチの会社の連中は2週間に1回くらい帰ってるみたいです。熱心さの違いだなあ。いや、あちらがそれだけ景色も空気もいいから、ってのもあるのかしらん?
モーツァルト、充実を祈念しております。ファイルをお借りする(実質、頂く、ですね)場合もあるかもしれません。何とぞご許容のほどを(必ず事前にお願いをするようにしますが)。

投稿: ken | 2008年11月22日 (土) 11時13分

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