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2008年11月29日 (土)

音楽美の認知番外01:バカ田大生・愛の告白なのだ

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



大宮光陵高等学校第23回定期演奏会(12月14日)のご案内を掲載しております。

Bakata先般亡くなった漫画家、赤塚不二夫さんの最高傑作「天才バカボン」に、こんな一節があります。
物語は、バカボンのパパがママにひとめぼれしてアタックする、というものなのですが、パパはバカ田大学の先輩のアドバイスで、まずラブレターを届けにいきますが、次のアドバイスは「百万円をプレゼントする」というもの。そんなお金はとてもないパパ。それでは、というので、「じゃあ、レコードを3枚買ってこい」と言われます。で、せっかく買って来たその3枚のレコードを、先輩がそれぞれ3つに切ってしまう。
「なにをするのだ」
と驚くパパ。
先輩は、その3つに切ったレコードを貼り合わせて、
「世界に1枚しかない歌のグランプリ」
のレコードを作ったのです。
・・・これが、パパの、ママへのプレゼントになります。
ちくま文庫「バカ田大学なのだ1?」に収録)

さて、こうして作った世界でたった1枚のオリジナル、果たして、ママにウケたでしょうか?

そこのところは描かれていません。

では、3枚のレコードを3分割してまた1枚に貼り合わせ直したレコードって、果たして、どんなふうに聞こえたのでしょうか(無事に再生できたとして、の話ですが)。

残念ながら赤塚作品に出てくるこの場面での曲の音声を持ち合わせていませんので、
「じゃあ、クラシックで試してみよう」
と試した見た結果が、これから聴いて頂くようなものです。ただし、聴いた人にまで私の「バカ」が伝染するといけませんので、1分間程度に留めました。

・貼り合わせ音楽(アバウトですが、貼り合わせの間隔は33回転を想定)

なお、レコードを貼り合わせたことによって出ただろう、針のとぶ音(レコードはキズが付くと、その場所でカチッとかブチッとかいうノイズが入りました)までは再現できませんでしたが、とにかく、3曲を貼り合わせてみました。いちおう、たくさんの人が知っているはずの曲を貼り合わせましたので、素材にした曲名は明かしません。・・・お知りになりたい場合はお問い合わせは受け付けます!

で、バカ田大学的に、大真面目に考えてみたい、というのが、番外編の入り口です。

※ 上の貼り合わせ、音楽に聞こえますか?
 ・音楽に聞こえる場合:なぜ音楽に聞こえるのでしょう?
 ・音楽に聞こえない場合:なぜ音楽に聞こえないのでしょう?



こんな試みをしたきっかけは、私と違って「バカ」ではないので「ヒントを頂いた」とここでお名前を出してしまうのが失礼にならないよう祈りますが、最近当ブログに寄せて下さったnabesinさんのコメントが、私の整理しかねていた「これから音楽を観察していくべき方法」に道を開いてくれた気がしたからでした。
nabesinさんは、言語学の例を引いて、音楽にも「普遍文法(チョムスキーの想定しているもの)」みたいなものがあるんじゃないか、と仰って下さいました。
それが刺激になって、コメントへの御礼を綴ってから、言語学のにわか勉強を始めました。ただし、入門書どまりの浅い勉強で、それも今時点では目標の3分の1です。

言語学は、学生時代に挫折した口で、ちゃんと勉強したことがありませんでした。
ですが、今回、そんなことで見直してみますと、「普遍文法」なる概念の陰にも・・・いや、そもそも近代言語学の祖であるソシュールの考え方の後にも、いま思うところあってその読解を前半で中断しているゼキ(『脳は美をいかに感じるか』)の論と同様、古代ギリシャの哲学者プラトーンが提唱したイデアについての近・現代自然科学者たちに共通する<解釈>が起点に据えられていることが透けて来ます。
「言語学よ、おまえもか!」
ってかんじです。

・上の貼り合わせ音楽(ここに再掲します)

を聴いて、音楽と感じるか感じないか、というところには、この<イデア>観の是非を問う大きな課題が孕まれているはずだ、と、今、私は勝手に考えているところですが、その課題とは何か、をかいつまんで述べますと、それは

・人間はどのような音の連続に「意味」を感じるのか
・「意味」とはそもそも、なぜ感じられるのか
・「意味」というものは、科学者が考えているような「イデア」的なものなのか?

といったようなところでしょうか。

それにはまず、「イデア」とはどんな概念なのか、ということをきちんと見据えなければなりません。
ただ、あまりに「きちんと」にとらわれると、それだけで、時間が足りなくなってしまいますので、本日の「貼り合わせ音楽」を素材にし、ほんのちょっとだけ、プラトーンその人がどういう過程を経て「イデア」を着想したのか、それは元来どのようなものだったのか、ということと照合して見たいと思います。

以下、<音楽美の認知番外>の次回に試してみることにしましょう。

それまでのあいだに、上の「貼り合わせ音楽」が音楽に聞こえるかどうか、その理由はどんなものなのか、でお感じになったことがあれば、極力「お感じになったそのままのこと」をどなたからでもお伝え頂ければ幸いに存じます・・・まあ、そんな「バカ田大学」OBはいらっしゃらないかもしれませんが、一人でもいらして下さることを、本当に切実に願っているというのが、私のホンネです。


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