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2008年11月15日 (土)

「アルルの女」組曲の成立事情(ビゼー):好きな曲009

心臓移植への応援の願いサイト「大樹君を救う会」
http://savedm.web.fc2.com/
・・・是非、お目通し下さい。



ファジル・サイのつくば公演もお聴き逃しなく!
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/in-808f.html


従来の話題も復帰すべく怠らず勉強しておりますので、そちらはしばしご猶予下さい。ひとつは下書きにかかれるところまでたどりつきました。
・・・なお、昨日はブログはサボりました(って、私が勝手に日課にしているだけで、恒常的に読んで下さるかたはわずかですから大した問題ではないのですが)。昨晩、「第6 回アジアオストミー協会の大会」レセプションで14人の選抜メンバーで初日レセプションに出演させて頂け、遅くまで暴飲暴食までさせて頂けたおかげさまでございます。協会の運営に尽力しているTさん、それをフォローして懸命にメンバー集めをなさり、滞りなく当日のセッティングまで汲んで下さったOさんの、誠実さと堅実さがなかったら、メンバー自体そろうかどうかも危ういところでしたが、パーティー会場での演奏としては本職さんに遜色ない出来で演奏を終えられた(なんて言ってしまったら本職さんには大変恐縮ですが)のも、ひとえにお二人のご人徳によるものです。この場で心から御礼を申し上げておきます。


180pxgeorges_bizetさて、私は小6の時には既に某フランスのモラリストの『恋愛論』を読んでいた(スタンダールの、ではありません)ませガキで(そのくせ女の子に対しては奥手でした)、当時既にラッセル『哲学入門』みたいな本まで買って来たりしていました。まあ、本棚だけ見れば「天才かも知れない」なのですが、実体は読んでも中身が分からないから途中で放り出すのですから、妙な本を買ってくる小学6年生〜以降、同様、だったのですけれど。
中学校では授業に退屈すると机の下に隠して本を読んでいる。先生はたいてい気づかないフリをするのですが、やっぱりそこは時々お灸は据えなければいけないから、中1のあるとき、保健体育の先生が、授業に関係ない本を夢中で読んでいる私の手をひょい、と取って、何の本を読んでいるかをしげしげと眺めて、
「うーん、ホントは怒りたいんだけどなあ。怒れないんだよなあ。おまえ、真面目な本しか読んでないからなあ。困るんだよ。この次はマンガにしてくれ」
・・・その時読んでいたのは『象形文字入門』でした。

そんな変わり者ですが、思春期ともなれば、変わり者でも普通に異性に恋したり、とかいうことに憧れます。・・・『恋愛論』を初めて読んだ頃は、ほんとうはまだそこまでいっていなかったんですが、中1の時には「これが初恋ってヤツかな」というのはありました。で、周りがなんだか知らないけれど応援してくれて、相手の子(イニシャルY.Kの、背の高い美人さん・・・細面で、切れ長の目で、口元がキリッとしていました。今もきれいだろうな)と一緒に学級委員に仕立て上げてくれました。にもかかわらず、この初恋、私が新設校にうつらなければならなくなる直前、その子といつもくっついていたTという子に「勇気出せよ」と半ば強いられて初めて綴ったラブレターなるものの返事をもらって、まあ、こういうときは年齢からして男の子の方が幼い分言葉がストレートになるし、女の子はやっぱりもう大人の感覚を知りはじめているから、冷静な文を書く。後から思い出すと断りの返事ではなかったのですが「とりあえずはいい友達でいようね」みたいな意味で書かれてあったのを読んだ瞬間に、「ああ、ダメなのかな」と思い込んでしまって、「初恋らしきもの」は終わってしまいました。

そんな頃は、その子の家のあるあたりは線路沿いでしたが、そこから後は一面の田んぼでした。
私の育った仙台は、初春や初夏の頃は霧が濃かった。好きな子の家のまわりが霧に囲まれる風景を、この曲を聴くたび思い出し、今でも胸がキュンとすることがあります。中1のときの学校の鑑賞曲だったんです。
・・・家内の育った実家(今は引っ越してしまっています)が、そういえば、この子の家のあたりと煮た風景でした。家内に「ひっかけられた」のは、今思うとこの風景という伏線もあったのかもしれません。どっちが美人だったか、というと、やっぱり、Y.Kさんに軍配を上げちゃうな。

・「アルルの女」第1組曲から「カリオン」(ビゼー)

イーゴリ・マルケヴィチ/コンセール・ラムルー管弦楽団 PHILIPS 17CD-28

マルケヴィチは日本のオーケストラの演奏力向上にも大きな役割を果たしてくれた人です。ほんとうはモンテカルロ国立歌劇場管弦楽団(前任フレモーから音楽監督の地位を引き継いだモンテカルロフィル、との演奏ではなかったと記憶しています)と録音したLPが13歳当時の私の愛聴盤でした(頂き物でした)が、今、それを持っていませんので。。。甘く流されない、締まった演奏であるにも関わらず、中間部は彼の作り上げているこの「情緒」でないと、私には「ちょっと、違う」になってしまいます。作曲家としても優れた作品を残しているのですが、20世紀の他の「作曲家兼指揮者(フルトヴェングラーしかり、少しは報われましたがバーンスタインしかり、です)」同様、自作の方では運に恵まれていません。


「アルルの女」は「最後の授業」で有名な(今となっては「有名だった」でしょうか?)フランスの作家ドーデーの短編集『風車小屋便り』の中の掌編がもともとのもので、作者自身がそれをさらに劇に仕立て上げたのでした。
劇になった「アルルの女」を上演する際に付けられたのがビゼーの音楽で、劇場用に作られたオリジナルの音楽も最近はいくつかCD化されています。で、そちらの掲載をする方が、マニアックな私の趣味には合っているんですけれど、劇音楽のオリジナルと言うのは、往々にして音楽だけ聴いても仕方がない、つまらないものです。別の例で言えばグリークの「ペールギュント」なんかでもそうです。 それでも、「アルルの女」上演の時、ビゼーの音楽はとても評判が良かった。
劇の方は、ドーデーにとって最悪の経験ともいえるほど、最悪の評判だったのです。でも、音楽はビゼーの名をおおきく高めるものになった。(Wikipediaでは音楽についても「評判は芳しくなかった、6年後の、ビゼー死後の再演で初めて評判になった、とあるようですが、戯曲と音楽を一緒くたにしているようです)。
もともと劇場や予算の制約で小規模なオーケストラ用にしか曲が作れず、不満もあったのでしょう(これは推測です)、ビゼーは音楽は好評だと見てとるや、すぐさまそれを、オリジナルの断片をうまく繋ぎ合わせなおしたりして、4曲からなる「第1組曲」に仕立て上げました。第1曲「前奏曲」は有名な民謡を素材にラヴェルの先をいくような旋律を変化させない(1回だけ長調にしますが)変奏曲とそれに続くファンタジーに仕上げ、素朴なメヌエット(宮廷的・ブルジョア的な性質を抜いたメヌエットは、それ以前のものとは名前が共通するだけで、別種の音楽と考えた方がいいと思います)を第2曲に置き、劇中では老いた「元恋人同士」再会の場面で使ったアダージョを配置し、終曲としたのがこの「カリオン」です。
4曲構成にしたのは、楽曲の配置からみても(2曲目がスケルツォ的なメヌエットであり、3曲目が緩徐楽章ですからなおのこと)おそらくは「交響曲」を意識していたのではないかと思われます。この点で、彼の死後に友人のギローが編んだ第2組曲にはない、作曲者自身の強烈な意図の力を感じます。
ビゼー自身は31歳で結婚し、36歳で亡くなりました。私の家内の結婚生活の3分の1しか、夫婦生活の幸せを持てなかった。
「アルルの女」への音楽は、33歳の頃の作品です。

私は、高1から始まったアマチュアオーケストラ団員生活の2年目に初めて、2つの組曲の全曲演奏に参加しました。


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