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2008年11月24日 (月)

アレグロって、どんなスピード?〜ブラームス「第4」:聴き手のための楽典002

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『拍子』はどうでもいいんだけどさあ、こっちのカタカナの方が気になるのよ」
・・・そう、クラシック音楽のCDで必ずと言っていいほどつきまとうのは、下のブラームスの第4交響曲での例で言えば、「○○楽章」に続いて現れるカタカナ語の部分。イタリア語の単語です。
これの意味を翻訳していないケースが、最近増えました。

交響曲第4番 ホ短調 作品98
第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ソナタ形式 ホ短調 2/2拍子
第2楽章 アンダンテモデラート 二部形式 ホ長調 6/8拍子
第3楽章 アレグロ・ジョコーソ ソナタ形式 ハ長調 2/4拍子
第4楽章 アレグロ・エネルジーコ・エ・パッショナート パッサカリア ホ短調 3/4拍子

・・・え?
「なんでカタカナ語全部に色を付けないの?」
っておっしゃいましたか?(ケータイでごらんの場合には、どこに色がついていて、どこについていないかは分からないでしょうが、今回は色をお付けた言葉についてのみ説明しましたので、そこからご推測下さい。)
全部に色をつけなかったのは、このカタカナ語、複数の要素からなっているからです。
機械的に言ってしまえば、

・音楽の「速度」を指示する部分
・その速度の「程度」を指示する部分
・音楽全体の「表情」を指示する部分

今回色をつけたのは、この分類でいくと、最初の<「速度」を指示する部分>です。ただし、他はみんな青い色にしたのに、第2楽章の'モデラート(moderato)'だけは別の色(緑)なのには、わけがあります。



「楽典」の教科書では、上で青く色付けたような言葉を「速度標語」と呼んでいます。
ブラームスの第4では、これはたった2種類。「アレグロ(アッレーグロ、Allegro)」と「アンダンテ(Andante)」だけですね。

「じゃあ、AllegroとかAndanteって、どれくらいの速さなの?」

・・・これが、じつは、かなりの難問です。
何故なら、これらの言葉には、本来「速さ」を示す意味が含まれていないからです。

ためしに、イタリア語の辞典で、2つの単語の意味を調べると、

allegro=陽気な、快活な
andante=現行(いまのまま)の、平凡な、気どらない

とあって、それが示すスピード感は、どこからも伺いしることが出来ません。・・・それなのに、なんで「速度標語」なんでしょうね。さて、困りました。

41p0wqgydkl_sl500_aa240_ここに、非常に助かる本があります。
「これで納得! よくわかる音楽用語のはなし」(関孝弘/ラーゴ・マリアンジェラ、全音楽譜出版社)
著者はご夫妻で、とくに奥様がイタリア人ですので、イタリアの日常用語を通して、allegroやandanteの、<生活の中でのスピード感>を教えてくれます。

allegroならば、気分を「楽しく、明るく」なのですから、ウキウキ、ワクワク、ドキドキ、という具合。なるほど、心拍数が増えるんですね。じゃあ、フツウの気分の時(この「フツウの気分」てのもなかなかに微妙ですが)の脈拍数が1分間に76くらいだとすると、何割増くらいでしょうかね。ウキウキ度も、ケースバイケースで心拍数を何割増しにするかが変わってくるでしょうから、一概には言えなそうですし、今の私は擬似的にウキウキもワクワクもドキドキも出来ませんから、そうなってみた時に測ってみないと分かりません。で、ちょっと想像して、きれいな人と待ち合わせする時があるだろう、その時はどれくらいになるかな、と自分なりの速さを設定してみたら、1分間に111でした。なんと、5割増です。

andanteは、動詞のandare(行く)からの派生語だそうで、イタリアの人にとっては特定の速度感があるわけではなく、ただ、焦ったり、逆にのろのろとしたりではなく、特別な意識や目的がなしで「前に進む」ときの感覚のようです。形容詞としては、「まあ、ごく普通の」という感じだそうで。ならば、さっきと同じように脈拍数に置き換えれば、1分間に72〜78くらい、という感じになるのでしょうか?

いずれにせよ、allegroにしてもandanteにしても、それそのものは本来は「スピード感」を表わした言葉ではないのですね。あえてそれを「スピード感」に置き換えるひとつの試みとして脈拍数を用いてみたわけですが、「速度標語」が本当に「速度」を表わすのなら、「速度」に置き換える、何らかの手続きが必要になる。



本来は気分を表わすはずの用語が「速度」に転用されたことから、19世紀に発明されたメトロノーム(一分間に刻む「拍」を、錘を使ってカチ、カチと正確に刻む機械)が発明され、とくにピアノが家庭に普及するようになって楽譜の出版も盛んになると、大変重宝がられるようになります。
メトロノームが発明された当初、それを手にしたベートーヴェンが大喜びした話、ところが使い始めてみると自分の意図にはどことなくそぐわないので、短気な彼らしく非常に毛嫌いするようになった話は、大変有名です。そんなベートーヴェンですが、メトロノームを「嫌った」あとでも、第九交響曲の出版に当たっては、出版社宛の書簡に「メトロノーム記号(1分間に八分音符180個のスピードで音楽を演奏して欲しければ、♪=180と書く記号)」についての指示を何度も記したりしています。その頃から既に、メトロノーム記号が(練習用として、あるいは作曲家が楽譜を見てくれる演奏者におのれのテンポ感を理解して貰う手段として)如何に重く見られるようになったか、の、ひとつの歴史的証言です。

そうしたなか、ブラームスは、19世紀後半の人でありながら、メトロノーム記号を使うことを好みませんでした。
ですので、この第4交響曲にもメトロノーム記号は使われておらず、第1、3、4楽章が速度としてはおなじAllegroと要求されていても、それが同じ「速度」を想定したのだ、という保証は全く与えられていません。

しかも、第3楽章は「表情としてのAllegro」の快活さを持っていますけれど、第1楽章、第4楽章は聴いただけだと、むしろ「メランコリック」だとか「重々しさ」だとかを感じさせられ、Allegroという言葉が、およそ似つかわしくない気がして来ます。

第1楽章の冒頭と、第3楽章の冒頭で、雰囲気の違いを確認してみて下さい。

・第1楽章第1主題呈示部
第1楽章第1主題呈示部


・第3楽章第1部
第3楽章第1部

いずれも、カルロス・クライバー/ウィーンフィル

・・・この違いから伺われるのは、ブラームスの場合には、Allegroは「速度」を表わすためだけの言葉になってしまっていることでして、それをあえて私の主観で日本語にするならば「停滞しないでグイグイ前進するスピード感」とでもいうものなのではないか、という推測に留まります。



Andanteには、「歩く速さで」という意味がある、とされていますが、少なくともイタリア語上にはその痕跡はありません。上掲「これで納得! よくわかる音楽用語のはなし」では、著者(関さん)がドイツ人に「アンダンテ、ってどれくらいの速さなんだろう?」と質問したらドイツ人が「そうだね、これくらいかな」と歩いてみせたことをもって、「ああ、ドイツ人の感覚に由来するのかも知れない」とお思いになった、とのエピソードを書いていらっしゃいます。・・・ただし、これも「歴史的裏付け」がある話ではありません。
さらに、Andanteは、昔と今では「昔の方が速かった」説と「時代が下るに連れて速くなって来た」説があって、考えちゃうと非常に困ってしまいます。たどれば面白い話なのですが、それは、私に材料をまとめる力があれば、いずれまた、ということにしましょう。(いつまでも綴らないようでしたら、「我がチカラ及ばず」だったとご了解下さい。)

第2楽章で、この「アンダンテ」の後に「モデラート」という言葉がくっついていますが、これも楽典では「速度標語」に入れられています。
ですけれど、ブラームスのこのケースでは、「速度」は「アンダンテ」ですでに決められていますから、「モデラート」は、明らかに別の働きをする言葉として用いられています。これは、最初の方で大きく3分類したのを思い出して頂くと・・・

・音楽の「速度」を指示する部分
・その速度の「程度」を指示する部分
・音楽全体の「表情」を指示する部分

のうちの、二番目すなわち速度の「程度」を表わす働きを担っており、「速度標語」ではありません。

この、「程度」を表わす言葉については、また別に見ていくことにしましょう。

AllegroとAndanteについてしか述べませんでしたが、大雑把でよければ、小さな音楽用語辞典一冊をお手元に用意して、それでいちいち用語の意味を調べて満足するのでもいいとは思います。
ただ、「速度標語」とされるものが本来何を意味していたか、を知るには、上掲書の他、
森田 学『音楽用語のイタリア語』三修社
などもあります。
言葉のニュアンスを親しみ易く知るには関さんご夫妻の本がよろしいかと思いますが、森田さんの本のほうが扱っている語彙は多く、イタリア語の中での用いられ方がやはり文例として出ていますので、お勧めしてよろしいかと思っております。



上文と整合性が見出しにくいまとめになってしまって恐縮ですが、

聴く人のための楽典2-1=「タイトルの次にある訳の分からないカタカナ語は、その曲の<速度>・<速度の程度>・<表情>を表わしたものだ、ということだけは知っておこう。」

聴く人のための楽典2-2=「<速度>を表わす言葉は、もともとは<気分(ムード)>を表わす言葉だった。だいたいは今でも使われているイタリア語なので、イタリア語としてのニュアンスをつかめる手軽な本を一冊、手元に用意しておき、『こんな気分のときは、自分の脈拍は1分間にどれくらいになるかなあ』なんて思いめぐらしながら、それを速度に換算するのがモノサシになる。・・・わりと曖昧なのが実情」

といったところでしょうか。

なお、今回の「速度」問題は、ルネサンス期の楽譜にまで遡るともう少し明確な説明も試みることが出来るのですが、当面は<音符を使わない>でどこまで分かるか、が狙いですので、そうした歴史的な追求は別途としましょう。


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