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2008年10月29日 (水)

音楽が「とどまる」とき

「音楽とは音そのものである」
に、もう少しこだわってみましょう。

「音楽とは音そのものである」ならば、どんな「音」でも、「音そのもの」であれば「音楽」たりえるのか、ということについては、果敢な挑戦をした人たちもいましたし、その挑戦のありかたを強く否定した人たちもいます。

「N響80年全記録」に出てくるエピソードですが(立読みなので間違っていたらゴメンナサイ)、日本でシュトックハウゼン作品の記念碑的な演奏会が行われた時、臨席したかの名指揮者サヴァリッシュ氏が突然大声で、
「これは、断じて音楽ではない!」
と叫び、同じ会場にいたドイツ人たちもそれに唱和して大騒動になった、ということです。

シュトックハウゼンの音の扱い方が、サヴァリッシュ(やその共感者たち)にとっては、音楽とはいえなかった・・・それが何故だったのか、までは、同書には記していなかったと思います。

昨日<イデア>について見直した通り、それは決して「ほんとうの何物か」をさすのではありませんでした。むしろ「ほんとうのものとは何か、を追い求める精神のあり方」こそが<イデア>なのでした。
<音楽のイデア>というものもまた例外ではない。シュトックハウゼン・サヴァリッシュ対決事件とでも呼ぶべきこの事件は、そのひとつの現れだったと見ていいのではないでしょうか? 当時もてはやされた割には、シュトックハウゼンの作品は忘れられたに等しく、その名前だけが20世紀中葉の一大エポックとして記憶されているに過ぎない現状、この対決はサヴァリッシュに軍配が上がった、とみなすのは簡単なことです。かつ、シュトックハウゼン作品が今なお聴き直され(CDは今なお豊富に出ています)、CD、聴き手によって「ああ、やっぱり音楽ではない」と判定されるようであれば、やはりそれは音楽ではなかった、と言うことも、同じく簡単です。
「音楽をめぐる、ひとつのフロー(流れ)に過ぎなかった!」



別にシュトックハウゼンの肩を持つ、という意図からではなく、素朴な疑問から、私は問いたいと思います。
「では、シュトックハウゼンが作品化する過程にあったものも、『音楽』ではなかったのか?」
シュトックハウゼンの思考の過程では、それは「音楽」だったことに間違いないのではないか、とも思います(これは、私が彼の作品を好きだとか認めているとかいうこととは違います)。ただ思考する、その時純粋に「音楽」というものを追い求める、その営みこそが、<イデア>であった。それが具象化した時に、残念ながら、それはサヴァリッシュたちにとっての<イデア>とはまったくズレていたことがあらわになってしまった・・・本質的には、そういうことではないかと考えたいのですが、如何でしょうか?

とはいえ、そこに<イデア>同士の激しい対峙がある限り、否定したサヴァリッシュも、否定されたシュトックハウゼンも、決していっときの「流れ」に足下を救われることはないでしょう。勝負は、なんて、こんなことで勝負なんかに持ち込むのは本意ではないのですが、まあとにかく、勝負は「音楽の評価についてのさまざまなイデア」(なんだかまた妙な言葉をほざいてしまっています)という流れの中に、出来るだけ大きな石、 もしくは岩として、流されずに<限りなくイデアに近い音楽>ヅラをし続けられるのはどちらか、という土俵の上でなされ続けるでしょう。



最近、「オーケストラの経営学」という本が、カラヤンの真の友だったともいえるある大企業の社長経験者の讃辞を綴った帯付きで出ました。私のひねくれた目で評価すべきではないのですが、しかし、いくらオオモノさんが帯で讃辞を捧げていても、私には少なくともいまのところ、この本は魅力的ではありません。
なぜだか突然私も音楽を「ビジネス」なんぞという範疇で括り出し、脳神経と音楽の関係を云々するにあたってもビジネスと言う範疇を外すことがないのは、本来<音楽のクオリア>などというものは否定されるべきだ、との思いが入り口になっていて、それがだんだんに<イデア>などという話題にまで入って行くのだから、甚だ似つかわしくないことです。ですが、おそらくなんでそんなマネをするか、という精神においては・・・相手は大学の経営学の先生である上に上のような帯まで著作に付けてもらえるのですから、こっちはそれに比べれば蛙のションベンにもならないのですけれど・・・「オーケストラの経営学」をお綴りになったご著者と、実は共通した思いがあるからだと感じてはいます。

「音楽は、ほんとうは<財>なのである」

とでも要約したらいいのでしょうか?

ですが、私はオーケストラにせよ他の音楽にせよ、それらを扱う上で「経営」は存在しても「経営学」があるとは、全く信じられません。
まあ、そうした断言は、しかし、「経営学」を拝読してからしなければならないことでしょう。
それでもひとつだけ言えるのは、同じご著者は4年前に、オーケストラの「財政」について、きちんとデータを掲載した本も出されていて、そちらは素晴らしいと感じているのです。今回のご著書の方には、具体的なデータがありません。あるのは<オーケストラの経営のイデア>の、言ってみれば仮想図ばかりではないか、というイメージがあり、それで、まだ手を出す気になれません。

残念ながら容易に手に入らなくなってしまったのですが、あるプロジェクトの方たちが精魂こめてまとめた「ザ・オーケストラ」という本があります。1995年に出たものです。複数の筆者によるこの本の文章部には、筆者によっては強い主観もあり(って、その点ではこちらも負けませんね)、割り引いて読まなければならないことも沢山あるのですが、それにもまして、95年当時としては非常に努力しなければ集められなかったと思われる生データは、もう13年前のものとはいえ、現在にもつながる貴重な情報が詰め込まれていて、活用の仕方によっては、ヘタな理念を並べ立てるより、よっぽど
「音楽は財である」
ことを広く世間に認めてもらえる「経営」の舵を私たちに与えてくれるはずです。



「経営」に関する細かな話はいずれ述べる時が来ると思いますので、ただ印象を述べるだけにとどめますが、要は、それぞれの「経営」の本に対する私の善し悪しのイメージに関わらず、「音楽」が「財」としての確かな位置づけを持つためには、ただ音楽に留まらず、「経済」と、それを「営む」ということの原点に帰らなければならない、という危機感は、音楽を愛する人たちには共通して持たれているものではないかと感じているのです。
昨今の「市場」が端的に示しているように、過去にいかなる「経済学」や「経営学」が高く評価されて来たとしても、評価の物差しが「金銭」以外にあり得ない現在、この物差しさえちっとも絶対的ではあり得ず、「人の思惑」や「貨幣の横流し」がバランスを崩せば一挙に何の目盛としても役に立たない、「平均台上のヘボ選手」でしかない。フロー(流れ)がストック(財の確実な形成)にキチンと裏打ちされなければ、<ほんとうに限りなく近い財の価値>などというものは、所詮誰にも分からず、ただ
「これはいい、あれはダメ」
という空騒ぎの中でのみ相対的な評価を受けるしかない。
そういう「経済」の「営み」の中では、少なくとも<音楽>のほんとうの価値は測れない。
たとえば、ストラディヴァリには5億の値が付くので驚かれますが、もし中東の遺跡から「有史前後の貴重な楽器群」が完全な形、損なわれていないコンディションで現れたら、それらは文化財保全の立場から決して演奏されることはなくても・・・いや、皮肉なことに、演奏されないからこそ、ストラディヴァリの2、3倍、あるいは想像を絶する値段で取引されるかもしれない。つまり、歴然と「文化財」として、悪く言えば骨董的な価値が確立して初めて、モノはほぼ固定した、あるいは不況知らずに上昇する値段で、確定的に値付けされる。・・・実際に演奏されるが故に、保有することが「売り」にもステータスシンボルにもなり得るという、未だ「フロー」の渦中にあるストラディヴァリは、「骨董品」だったら、とても今の値段ではおさまらないはずなのだそうです。
・・・なお虚しいのは、これはあくまで「楽器」という「手段」の価格であって、価値なのではなく、さらに重ねて言えば、音楽の手段のホンの断片に与えられた価格に過ぎず、「音楽の価値」そのものには程遠いのです。


ならば、「音楽は財である」ということを、いかなる根拠から私たちは言明することが出来るのか?

前掲「N響80年全記録」にある2つのエピソードが、とりあえず、そんな疑問を抱き続ける私の胸に強い印象を刻み込んでくれています。

ひとつめは、N響1000回記念講演のとき、ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」を推す事務局に対し、サヴァリッシュが
「いや、日本はキリスト教国ではないのだから、その点に配慮すべきでしょう。宗教色の薄いものを」
ということで、当時の日本ではほとんど知られていなかったと言っていいメンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」を選んだ話。この選曲に周囲は客寄せにならないのではないかとの危惧を抱きましたが、結果的には大成功だったのです。・・・なぜ、日本で認知度の低い曲が大きな成功をおさめたのか、については、本の上にはそれ以上、理由付けの記述を見出すことは出来ませんでした。サヴァリッシュのほうが、日本と言う国の本質とは何かを考え抜いていたからこそだった、とだけでもひとことあれば嬉しかったのですが。

ふたつめは、ギュンター・ヴァントが年末にベートーヴェンの「第九」を「5回も振るだって? とんでもない!」と拒否して譲らなかった話。
「第九」が西欧の近・現代文化上どういう重みで捉えられて来ていたか、日本の「第九」認識とのあいだにどうしてヴァントがこのような拒否をするだけの大きな差があるのか、は、日本には「第九」に関する出版物があるので、それらを本気でひもとけば、サヴァリッシュのケースより明瞭に理解できるでしょう。
ロマン・ロランが、長編とは言えないまでも決して短くはない思索を「第九」1作に捧げたこと、ヒトラーもスターリンも「第九」で称揚されることをこの上ない喜びとしたこと・・・でありながらかの「ベルリンの壁」崩壊の時に高らかに歌われたのも、チェコが旧ソ連からほんとうの開放を勝ち得た時に熱狂的に演奏されたのも、同じ「第九」だったこと・・・

サヴァリッシュも、ヴァントも、「財」としての西欧クラシック音楽とは何か、の要諦を身にしみて知っていたからこそ、上のように振る舞って来たのです。



日本は・・・武満徹が亡くなっても国葬になりませんでしたし、そうでなくても、日本人作曲家の作品を中心とした演奏会はほとんど催されません。
N響がもっとも飛躍を遂げた時期に、日本人作曲家の作品特集の演奏会を催したとき、聴衆の拍手がお義理に聞こえてたまらなくなった故・岩城宏之は(だいたいこんな意味合いのことを)叫んだそうです。(これも「N響80年全記録」で読んだ話です。)
「みなさん、本当に良いと思ってくれたら、その時拍手してくれればいい! つまらなかったら、拍手なんか、いっそしないで下さい!」

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