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2008年10月24日 (金)

ピッチ粗考:日本人の「古楽」理解は正しいのか?

「粗考」などという語彙があるのかどうかは知りませんが、時間がないところでの、じっさい、極めて粗い考察を簡単に綴るだけですので、このように題しました。・・・というのも、
「あ、しまった!」
・・・今まできちんと顧みていなかった問題に、夜になってようやく気づくきっかけを頂き、それからあわてて手元資料を引っ張ったりしたのですが、過去に体系立てて、あるいはランダムにでも、データをまとめておかなかった報いで、残念ながら今日は「備忘」程度のことを記しておくしかないからです。(昼間のうちに分かっていれば・・・今日はせっかく本屋にも行ったのに!)



9月19日にシュッツの演奏会でトロンボーンを吹いた、娘の恩師にお話を伺いましたが、
「東京カテドラルではaを466Hzでとらないと吹けないんですよね。すると、通常の楽器(注:この場合は「時代」に併せて作るオリジナル楽器を指します)では吹けない。モダン楽器に比べて内管(注:トロンボーンのスライドの内側にある管のことです)は短いですから、当然、第7ポジションなんてあり得ない。使えるのは第6ポジションまでです。であれば、Bb管であるはずがない。Bb管では、記譜された音符は自然には吹けない(注:これは自然陪音を基礎として音作りされる金管楽器では、19世紀後半までにはあり得ないんです)。となると、必然的に、用いられたトロンボーンは、教会のピッチに併せて製造されたA管だった、ということになるんです。」

トロンボーンや他の金管楽器に縁が無いと訳の分からない記述だと思いますが、これは非常に重い話を含んでいます。
(他にも、通常のマウスピースでは合奏の中で音が埋もれるのでエッジのきついものを用いなければならない等、大事な話があり・・・私には、これは弦楽器においてはストラディヴァリはもしかしたら合奏向け【勿論そんな大規模なものではなく、音の鮮明さが要求されるような、製作当時の弦楽合奏を想定してでの話です】の楽器だったから大量に生み出されたのではないか、グァルネリの作り方の方が独奏向けだったのではないか、と考えさせられる話でもあったのですが、今日はそっちにまで話を広げる時間も資料も不足していますので、涙をのみます。)

ひとつには、19世紀までの記録を確認できれば断言できたのですが、いまはそれをやれませんので、記憶による話になりこころもとないのですけれど、オルガンのピッチはaを440とするいちおうの現代の基準からすると、かなり高めのものが圧倒的に多かったはずで、そうであることが確認できれば

「少なくとも教会を演奏の場とした場合、19世紀以前はピッチは今のオーケストラが基準としている中で最も高めのものよりさらに高かった」

と断言できることになる。

ちなみに、こちらのサイトによれば、オルガンのものかどうかは判然としませんが、1859年のウィーンでのaのピッチは456Hzです。
橋本英二『バロックから初期古典派までの音楽の奏法』第7章「ピッチ」には次の記述があります。
「まず教会内の温度は季節によって上下して、摂氏15度の日にa'=460に調律すると、教会内の温度が5度に下がればa'=450、夏25度に昇るとa'=470近くになった。」(206頁)
橋本著はこの記述に根拠文献を注釈で挙げてくれているのですが、洋文献ですから私にはすぐには参照できません。・・・後日、現存する古オルガンのピッチを調べてまとめてみようと思っております。

同じ橋本著作には、上掲引用文の次頁に、バッハ当時には室内ピッチと合唱ピッチと言う2種のピッチが存在し、後者は前者より長2度高かった旨がプレトーリウスによって述べられていると紹介されています。この後者が、教会でのオルガンのピッチと密接に関係していたであろうことは想像に難くなく、すると、長2度低い「室内ピッチ」というのが、私たちが通常「古楽の復元」として聴いている、a'が420〜435Hz程度(これは当時の「室内ピッチ」の状況、これはヘンデルやモーツァルトが使用したとされる音叉の約425ないし427Hzあたりから「これくらいかな」と設定されたものであり、かつバロックヴァイオリンの造りから考えるとこのくらい低めである方が楽器の負荷とバランスがとれる、という・・・実は駒や糸枕の高さで「合唱(教会)ピッチ」に調整する方法もあったと推測してはいるのですが、少なくとも現存する古楽器をもとにした場合にはほぼ妥当だと考えられる「低さ」なのでしょう)に相当すると見なせることになります。
11月5日付記)弦楽器の、教会ピッチへの調整は、上のようなやり方ではどうも手間だし不自然だなあ、と思っておりましたら、弦の太さを選ぶことでやるのだそうです。別に綴りました。

すると、オルガンの加わらない世俗曲においては流布している「低ピッチ」の演奏はバロック期の「室内ピッチ」にほぼ対応しているにしても、教会音楽も「低ピッチ」で録音されているのは、じつは時代錯誤である、ということになります。

・・・これは・・・まったく、私の思考には欠落していました。
今後の研究課題が、ひとつ増えました!

10月27日付記)
・・・後日談があります。今回の記事のみだけで鵜呑みになさらないようにして下さいますよう!


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