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2008年10月 7日 (火)

音楽美の認知(6):西欧クラシックは「キュビズム」か?

大宮光陵高等学校音楽科23回定期演奏会、是非お越し下さい。



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変人的考察も2/7に達しました!

最初に、これを聴いておいて見て下さい。

・メシアン「鳥のカタログ」から第8曲

"Messian Edition" CDS11から。メシアン夫人のイヴォンヌ・ロリオによる演奏(初稿)
Warner Classics, Erato Disques 2564 62162-2

・・・さて、この曲の中に、鳥は何種類登場するか、考えておいて下さいませんか?



ゼキ『脳は美をいかに感じるか』第6章は<本質的なものを求めて----キュビズムのアプローチ>とタイトルづけられています。
ここでもまだデータが示されるわけではありませんが、前章まではゼキの「仮説=確信」をまとめたものであったのに対し、本章以降は、いよいよ「確信」を裏付けるための「本論」に入っていきます。
<キュビズム>(ただし、前期に限る)を例示し、それが「神経科学的には失敗だった」と結論づけることで、次章以降、ゼキが最も訴えたい「脳にはモジュール化のはたらきがある」ことの前置きとしているのです。

Frauenbildnis_2初期キュビズムの「イデオロギー」を看破した美術評論家の言を借りて曰く、キュビズムの絵画の目的は、「描こう」としている対象の中で変動性の小さい要素を発見することであった、そして、彼ら(キュビストたち)は、把握を通じて頭の中に残っている、流動的ではない要素のカテゴリー(すなわち恒常的かつ本質的な要素)を選んだのである、と。(114頁)
また、リヴィエールという著名な美術評論家の言からは次の引用を行なっています。
「絵画にその真の目的を取り戻させること・・・がキュビストたちに与えられた役割なのである。真の目的とはすなわち対象をあるがままに・・・模写するということである。」(115頁)
そのためには明暗の影響を受けてはならない、また、遠近感もなくさなくてはならない、なぜなら
「物体はさまざまな距離や角度から、そしてさまざまな明るさで見られ、なおかつ同一性を失わない」(116頁)
からであって・・・要するにゼキのまとめたところによれば、絵画においてキュビズムは感覚のフィルタを除いた「事物の把握」を目的とするものにほかならなかった、ということにでもなるのでしょうか。
ゼキが前もって述べているところによれば、
「一般的に考えられているのとは違い、視覚とは連続的な感覚なのである。ある一つの対象についてよく知るためには、多くの知覚像を合成しなくてはならないのである。」(115頁)
時間におけるある特定の瞬間ではなく、空間におけるある特定の一を反映した、固定的なものが、キュビズム以前の絵画であった、というわけです。
・・・ゼキがこう述べる根拠は次章以下の、脳の各部位がどのように独自に視覚の一側面を捉え、それらがどのように統合されていくかを整斉と示した記述です。
ところが、その「統合」の結果と、初期キュビズム絵画の行なった上のような試みは、結局は脳が解読し得るものとはならなかった・・・掲載したピカソの、まだ分かり易い方の絵を参照して下さい。女性の顔を正面から見たものと横から見たものの合成で、これはまだ分かり易いものですが、確かに「脳の統合した結果としての像」とは全く一致しないのは明らかです・・・。これは初期キュビスト(従ってキュビズム後期のピカソ作品は含まれません)のとった「多くの異なる角度から見た対象の姿を表現する」戦略は、脳神経学の見出した「脳による恒常性の追求」とは一致しなかった、失敗だった。であるからこそ、ここで脳による視覚像へのアプローチを、より精密に検証する必要がある、という主張が、ゼキの本章での「締め」に持って来られているのは、結構な頭脳プレーだということになります。



絵画の場合には、キュビズムの理念を持ってしても、どうしても「固定像」であることから脱し得なかったのに対し、音楽は、前回までに見てきたように「時程」を必然的な要素として持っているため、もののかたちを具体的に描くことは出来ないかもしれませんが、いちどにさまざまな角度から「見る」ことが出来ます。ただし、それは対位法的な運動の認知を同時進行でなし得る場合に初めて「見る」ことが出来るものであって、旋律に沿って単純な和声付けがされるだけの場合やモノフォニー、ヘテロフォニーでは「見る」ことはやはり不可能です。したがって、音楽の「立体視」は、西欧の対位法的な音楽によって初めて可能なものなのではないか、と、私には思われます。
「見る」という言葉をそのまま援用したのは、耳に入るままを聞いただけでは、その立体の認知が必ずしもできるわけではないからです。
音楽は、美術における「キュビズム」を、努力なくして常に獲得しているものではない、という例を聞いて頂きましょう。

・レスピーギ「鳥」から<雌鳥>(原曲:ラモー)

ケルテス/ロンドン響 LONDN POCL-4427

原曲はクラヴサンの独奏曲ですが、オーケストレーションされたこちらのものの方が、「聞いている」だけでも「雌鳥」の像が色合い豊かにイメージできることから、あえて原曲ではない方を選んでみました。
これは・・・「キュビズム」の音楽ではありません。やはり原曲が書かれた時代を反映していて、下ってもロココ期の目に優しい絵画に対応するといえます。



さて、ここで最初に掲げた例の方の音楽をもう一度「見て」みて下さい。(「見る」とは強いて意識して傾聴することだとお考え下さい。)
同じ作品ですが、説明の便宜上、演奏者を変えます。

・メシアン「鳥のカタログ」から第8曲

アナトール・ウゴルスキのピアノ演奏です。Deutche Grammophone POCG-1751-3

「鳥のカタログ」自体は、7巻13曲からなるピアノ独奏曲群で、どの曲も鳥の名前がタイトルとなっています。全部を演奏すると2時間半はかかる、という、単独楽器のひとまとまりの作品群としては非常に規模の大きいものに属し、1曲1曲も最長で30分前後かかる(第7曲で、第4巻1冊は、まるまるこの曲で占められています)などというものもあります。
今回選択したのは、最短のもので、メシアン夫人の演奏で5分半、ウゴルスキも4分半で演奏しています。

この曲の場合、漫然と「聞いている」だけでも、確かに鳥が鳴いているようだなあ、ということは分かります。しかし、レスピーギ(=ラモー)の例とは異なり、こちらは「鳥の営み」をメシアンがその耳に聞こえるままにスケッチしたものを元にしてあり、その分、象徴的でも一側面的でもなく、「鳥の営み」を「立体的に」捉えているため、耳に入るままに聞くのではなく、メシアンのスケッチした情景を前後左右、上下から「見る」努力が、鑑賞者に求められます。

すなわち、レスピーギの例でもメシアンの例でも、たしかに音楽は絵画に比べて「時程」を持つ有利さから「立体像」を捉える点では美術の「キュビズム」で実現不可能なことが、「キュビズム」の発想が生まれる遥か前から行ない得たことを示す点では同列に立っています。
しかしながら、「キュビズム」の発想は、レスピーギ編曲のラモーの「雌鳥」にはありません。「雌鳥」の発想は、独奏曲としてなら美術でも彫っただけの像で同様の再現が出来ると見なせます。

「キュビズム」の発想は、美術では極めて短期に挫折したかも知れない。・・・では結果的にどういう実を結んだのかは、ゼキ著の次章以降と共に考察して行きましょう。
音楽においては、メシアンに、「キュビズム」に対応する一つの典型例を見出すことができる、というのが、私の感覚です。

ウゴルスキのCDのほうには時間経過による場面変転の説明が丁寧になされていますから(楽譜が欲しかったのですが、この曲集、7分冊・・・実質は6分冊だったかな・・・である上に、1冊あたり1万円くらいする高値なもので、入手を断念しましたので、ウゴルスキのCDのリーフレットに頼りました)、最後にそれを示しておきます。最下段に音を再掲しておきますので、お時間がある時に、是非、タイムスケジュールと音楽の進行(プレイヤーに経過時間が示されます)を対比してご覧になってみて下さい。

・第8曲のタイトル=「ヒメコウテンシ」
<セクション1>0'00〜情景、0'04〜ヒメコウテンシ、0'31〜セミ、0'42〜チョウゲンボウ、
     0'47〜ウズラ、0'53〜ヒメコウテンシ
<セクション2>1'20〜ヒメコウテンシ、1'24〜カンムリヒバリ、1'53〜ヒメコウテンシ
<セクション3>2'23〜セミ、2'44〜チョウゲンボウ、2'52〜ウズラ、3'09〜ヒメコウテンシ
(コーダ>3'44〜ウズラ、3'47〜ヒバリ、4'08〜ウズラ、4'18〜ヒメコウテンシ

つまり、出てくる鳥は5種類でした!(セミまで出て来てますが。鳥には数えられませんね。)

・ウゴルスキによる演奏の再掲

・ロリオによる演奏の再掲



・・・この「認知」の考察が回帰していくべき「ビジネスとしての音楽」としては、どうでしょう、メシアンとレスピーギでは、レスピーギの方が、現状では有利なのではないでしょうか? その是非を含め、それは、「認知」の考察が結了した後に考えましょう。

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