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2008年10月11日 (土)

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」1984バイロイト映像から

大宮光陵高等学校音楽科23回定期演奏会、是非お越し下さい。



連休ですし、屁理屈的考察は、ちょっとお休み。


本日の東京ムジークフローは、菊地先生で、
・「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
・シューマン「交響曲第4番」第3、4楽章
の練習でした(土曜ですが昼間でした。)

シューマンについては特記することがありません。前回まとめた内容をご参照下さい。また、今日参加した方から、しなかった方へ、重要な追加情報は是非積極的にお伝え下さい。

当面、練習記録はやめようかと思います。この場で出来る限りの資料のご提供は致します。

このオーケストラの皆様が、
・「教え」に素直に耳を傾けられ(・・・宗教や思想の「教え」ではない、<技>の教えなのですから!)
・自らそれを反芻することが出来、少なくとも、ちょっとした合間にイメージトレーニングを実践でき
・演奏に対して前向きな姿勢で臨む(他との連携の仕方で躊躇したり、プライドで沈黙したりしない)
・それを自分自身に出来る限りでいい、最大の客観性をもって反省できる
メンバーでい続けて下さることを、切に祈ります。
運営に関しても、祈ることは同じです。会社組織の延長みたいなことはなさらないで下さい。
(今の運営幹部の方が、この点では非常に良心的且つ臨機応変であることには、たいへん感謝しております。願わくば、それが、演奏パート、とくに弦楽器の「トップ」なるかたにも浸透して下さいますことを。)
すべてが、個々のどなたにとっても、その「生き方」に繋がります。単に「楽器を片手にした」だけでも、その姿には、きちんと、その人物の「生への姿勢」がハッキリと<見える>ものです。・・・その「重さ」を、自分自身の中で実感なさって下さいますことを。



「マイスタージンガー」の練習の中で、「ライトモチーフ」への言及が若干ありましたが、本来、ワーグナーの<楽劇>は、この「ライトモチーフ」が何を象徴しているかが分かると耳だけでも情景が理解できるはずだとの意図のもとに設計されていますし、現にワーグナーの期待通りの効果を上げています。
ですので、<前奏曲>等の部分的なものを演奏する場合にも、「ライトモチーフ」の意味を知っているのが望ましく、それにはその<前奏曲>に含まれる楽劇作品全体をお聴き頂いておくのが望ましいのですが・・・自分自身も実践できていないことを他人様に押しつけるのは僭越です。

ただ、長いながら「マイスタージンガー」は面白い作品でもあり(ただし、ライトモチーフだけでなく、伝統的な歌劇の手法も混在しているので、たとえば「トリスタンとイゾルデ」に比べると、具体的に舞台や映像を見ないと、音楽だけでは把握できない部分が結構あります)、出来れば、重要なライトモチーフが現れる場面だけでもご覧頂ければと考え、YouTubeにあるものから3つほど選んでみました。

なお、楽劇作品全体については、Wkipediaの記事をご覧下さい。
ニュルンベルクのマイスタージンガー

以下、映像です。動作に影響するため、最少限としました。1984年のバイロイトのものがありました。ベックメッサーをプライが演じているのが見所なのですが、<前奏曲>に関連する要素が現れないため掲載を断念しました。主役ワルターを歌っているイェルザレムは、1989-90年のメトでの「指輪」でジークフリートを好演した名テノールです。・・・字幕はフランス語ですが、英語の簡単な単語を知っている程度でも意味の察しはつくと思います。




以下、映像。

「」内がライトモチーフの表わしているものです。

手元資料では、「マイスタージンガー」には52にも及ぶライトモチ−フがありますが、第1幕の前奏曲にはその1割強〜2割が用いられているだけです。かつ、以下に引用する映像でもそのすべてを尽くせるわけではありません。
ですが、今後、演奏にあたっての自己の役割を把握するヒントにして頂くには8割程度の範囲をカヴァー出来ているかとは思います。
なお、「ダビデ王」はキリスト教史上、ギリシャ神話のオルフェオと「合体」し、音楽の守護者と見なされるようになった存在であるために、その動機が本作に登場するわけです。(音楽史のカテゴリ中の「初期キリスト教の聖歌について」をご参照下さい。)

第1幕から
ヴァルターが、マイスタージンガーを目指すダーヴィッドから、流儀の説明を受ける場面
(音楽之友社 対訳 20頁〜29頁):
「ダビデ王の動機」「愛の情熱の動機」「求愛の動機断片」「愛の動機」「求愛の動機(器楽【オーケストラ-->クラリネット】のみで)」・・・ただし、こうした動機は前半に集中。後半は伝統オペラ的です。

第3幕から
マイスタージンガーの入場(音楽之友社 対訳 214頁〜217頁):
「マイスタージンガーの主題」「ダビデ王の主題」

同じく第3幕から
(音楽之友社 対訳 225頁〜231頁):
ワルターの「朝の歌」(「愛の動機」の拡大形、あるいは自由な変形です。ワーグナーの「名歌」の一つです。合唱にも引き継がれます。7分4秒でエーヴァが引き取って歌いますので、お聴き逃しなく。続く合唱以降には「ダヴィデ王の動機」「求愛の動機」も登場します。)


・・・このあとに華やかな終幕部分が来ます。・・・これは、実際にご自身で手段をお見つけ頂いて、その壮麗さや・・・もっと深く考えたいかたなら、この場面に孕まれる問題(後のドイツの歴史に深い影響を与えた場面でもありますから)をお調べになるのも良いかと思います。

是非一度、全編をご覧下さるか、対訳本(音楽之友社から出ています)を手にしつつ名盤をお聴きになってみて下さい。



明日は、フルトヴェングラーとカラヤンの演奏比較でもご覧頂こうかと思っております(幸いに二人とも前奏曲全編の映像が残っています)。その際にはオーケストラの奏者のほうにも目を向けて欲しいのですが、その件はまた綴ります。

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