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2008年9月10日 (水)

ベートーヴェン「第8」解釈の面白い視点

先般、メヌエットだけについては綴りましたが、取り寄せていたアーノンクールの音源が間に合いませんでした(通常値の5分の1の特売品を狙ったためです、すみません)。

とどいて、
「やっと聴けた!」
と真っ先に第8を耳にして、仰天してしまいました。

「これは、ちゃんとしたスコアを手元に置かないと、ちょっと確かなことは言えない!」

・・・そう、手強い解釈です。まだなにも調べていないので分かりませんが、もし自筆譜が残っているのならアーノンクールは確実に参照していますし、自筆譜が喪失していれば初版譜を参照もしているでしょう。アクセントやポルタートの解釈も、彼(やバドゥラ=スコダが明らかにしているような諸作品)の文献調査を反映しているのが聴き取れます。ということで、録音にあたって現在出版されているスコアとパート譜を便宜的に用いていたとしても、その上にさらに彼の研究成果を演奏者たちに伝えているのは確実で、演奏者たちも、印刷されたままでなにも書き加えていないパート譜は一切用いていないと思われます。
これは、「メヌエット(厳密には「メヌエットのテンポで」という指定があるだけ)」で聴いた範囲の演奏家は、ほぼ間違いなく、まったくやっていないことです。そういう意味では、当時の原典主義だった指揮者(例えばラインスドルフ)の演奏が聴けるのでしたら、その試みもしなければなりません。

それに、同じ「当時の音を再現したい」現代演奏家の誰かとも対比が必要です。
この選択が、まだ出来ていません。

ですので、今日言えることは、あまりありません。ただし、実際の音を聞いて頂きます。

言えること・・・第2楽章と第3楽章に留めますが、この両楽章については、明確に、アーノンクールは当時のウィーンの大衆音楽はこうだったのではないか、という推測を反映させた演出をしています。第2楽章はポルカの前身のように「歌わせて」いますし、第3楽章は、テンポがメヌエットのものであっても、表現はドイツ舞曲(遅いワルツの前身)です。これは現代の大衆音楽家がモーツァルトのドイツ舞曲を演奏した例があるので、それと聴き比べたかったのですが・・・肝心のモーツァルトの盤を行方不明にしてしまいましたので、またの機会と致します。

第2楽章の、カラヤンの「メトロノームのエピソード」に忠実な演出との聴き比べをしてみて下さい。

・カラヤン/ベルリンフィル
Karajan
Deutsch Gramophone UCCG-5127

・アーノンクール/ヨーロッパ室内管
Harnoncourt
TERDEC 0927-49768-2

第3楽章は、私が最も端正だと感じているクリュイタンスのものと聴き比べて下さい。

・クリュイタンス/ベルリンフィル
「07_beethoven_symphony_no.8_ Tempo Di Menuetto.mp3」をダウンロード

・アーノンクール/ヨーロッパ室内管
Harnoncourt
TERDEC 0927-49768-2

薄い中身で申し訳ございません。

ベートーヴェンの第8全体を勉強の課題にしなければ、と、あらためて感じている次第です。


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