« 「マイスタージンガー」ですよ!:付)9月14日練習記録 | トップページ | 曲解音楽史44)明、近代中国への架橋 »

2008年9月15日 (月)

モーツァルト:カプリッチョK.395(284a)

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。


9月23日に母と二人で旅路についたモーツァルトが、その最初の逗留地ミュンヘンで書いただろうと見なされている、唯一の作品です。
このたびの出発の光景が如何に悲しいものだったか・・・大司教コロレードからついに同行を許されなかったレオポルトもナンネルも、なにものかと永遠の別れを告げなければならない、とでも言わんばかりに力を落とし、涙に沈んだその別離の様子は、海老澤敏『モーツァルトの生涯』(白水社)の記述でご覧下さい。(実際、レオポルトの妻にしてナンネルとヴォルフガングの母であるアンナはこのたびの途上にパリで客死するのです。)
かつ、最初の訪問地ミュンヘンでのモーツァルトの就職活動は最初から見込み薄の、実りのないものでした。

そんな最中、1777年10月10日頃の作とみなされている、「3つのプレリュード(NMA)」または「4つのプレリュード(西川著、音楽之友社「モーツァルト」作品表〜誤植か?)」とも称される47小節の小品ですが、「3つの・・・」等という別称は、おそらく14小節からはAndanteでフラット2つ、26小節からはAllegroで調号なし、と、二重線で明確に区分されているからでしょう。
ハ長調、4分の4拍子、とされているこの作品、しかし、実際には7小節目、12小節目、46小節目が拍子にハマらない自由形式ですし、17小節目もそれに準じます。調も複雑に動く・・・分析を綴っても詮無いので記しません・・・、すなわち、現実には「調不定」の、珍しい作品です。

ふつう、私たちは、初めて聴いた作品でも、ロマン派あたりまでのものでしたら「あ、これはハイドンかな? ベートーヴェンみたい、モーツァルトだよね」と漠然と感じ取れ、かつ、それがかなりの確率で当たるのですけれど、この作品、先に明かしてしまってからお聴かせしてなお、
「え? モーツァルト?」
・・・モーツァルトらしく聞こえるでしょうか?

Bart van Oort

BRILLIANT 93025 CD10

とある即興演奏を書きとめたものなのでしょうか? それとも、10月10日に書かれたのだとしたら、モーツァルト母子がミュンヘンを離れる前日ですから、実らなかった2週間を思いつつ気まぐれに書いたものなのでしょうか?

音楽を聴きながら、モーツァルト(以下、M)の演じた虚しい就職活動の様子を、前掲書の海老澤氏の訳(行分けは私がしました)をお読み下さい。9月30日にようやく謁見できたバイエルン選定候マクシミリアン3世ヨーゼフ(以下、J)とのやり取りです。

J:よろしく、モーツァルト君。
M:殿下、どうか私を召しかかえて下さいますよう、伏してお願い申し上げます。
J:うむ、ザルツブルクの方をすっかり罷めてまいったのか?
M:もちろん、すっかりでございます、殿下。
J:うむ、それでいったいどうしたのじゃ。喧嘩でもしたのか?
M:いえ、とんでもございません、殿下。旅行の許可をお願いいたしましたが、お許しいただけませんでした。そこで、こうしないわけにはいかなかったのでございます。わたくしはもうずっと以前から、出てゆこうと存じておりました。と申しますのは、ザルツブルクはわたくしにふさわしい場所ではございませんから。はい、これはたしかなことです。
J:ああ、若者だな! だが、父親はまだザルツブルクにおるのだろうが?
M:さようでございます、殿下。わたくしはもう三度もイタリアへ参りまして、オペラを三つも書きましたし、ボローニャのアッカデーミアの会員でもあり、試験を受けましたが、多くのすぐれた演奏家たちが、四時間から五時間もかけてやり、汗を流しますのに、わたくしは一時間で仕上げました。これこそわたくしがどの宮廷にも仕えることができる証明となりましょう。わたくしの唯一の望みは殿下にお仕えすることでございます。殿下ご自身偉大な・・・
J:うむ、君、しかし残念なことに空席がないのだ。空席さえあればいいのだが。
M:わたくしは、ミュンヘンのために名誉を果たしましょう。
J:うむ、だがどうにもならん。空席がないのだ(・・・と立ち去りながら言う)。
(白水Uブックス版「モーツァルトの生涯」2、13〜14頁)

この会話の様子を記した書簡はベーレンライターの書簡全集第2巻339(29日から30日にかけて書いたもので、前半部を書いた後に書き足しています。同全集同巻23頁からが該当箇所)です。

楽譜はNMA第20分冊(ピアノ作品を集めた巻)に載っています。


L4WBanner20080616a.jpg

クラシックCD検索に便利!バナーをクリックして下さい!

|

« 「マイスタージンガー」ですよ!:付)9月14日練習記録 | トップページ | 曲解音楽史44)明、近代中国への架橋 »

コメント

これは、不思議な曲ですねえ・・・・。
仰るとおり、「これが、モーツァルトの作品?」

バロック風(ガルッピのチェンバロソナタとか)かと思えば、ロマン派を先取りしているかのような部分もあるし、
古典派の定石通りの進行もあるし、聴いているだけでは、調性・拍子の特定が不可能です。

いやあ、これは驚いた。大変興味深い作品を聴かせて頂きました。

ありがとうございます。

投稿: JIRO | 2008年9月15日 (月) 22時42分

私も面白くて何度も聴きました。即興ってこんな風だったのかな・・・と。ほんとうの即興は記録にないのですが、いろいろ想いが馳せます。

投稿: sergejO | 2008年9月16日 (火) 14時20分

これって「鍵盤試し弾き用の前奏曲」とかいうやつですよね。
ナンネルに頼まれて書いたと聞いています。
たしか
「CからBへ移る前奏曲を送って欲しい」
みたいな手紙があったような…。
(該当部分は多分、最初の二重線までの箇所)
二重線の部分はおそらく、
演奏にあたってはそのまま続けても、
分割してもよいということだと思います。
実際にそのように演奏しているCDもありますね。

それはさておき、この曲、とても面白いですよね。
僕はかなりハマッています。
当時はソナタなどを演奏する前には
即興で何か演奏していたと言いますから、
もしかするとこんな感じだったのかもしれませんね。
そういえば、Kenさんがご紹介してくださっているオールトのCDに
これと似たような曲があると思うのですが、それもイイ曲です。
(ホ短調から始まって、ハ長調に終止するやつです。)

投稿: Bunchou | 2008年9月16日 (火) 16時34分

JIROさん、SergejOさん、Bunchouさん、ありがとうございました。

詳しくは分からないのですが、この作品はC.PH.E.Bachの作風の影響を受けている由。
こうした作品の先駆者は大バッハの次男だった、というところに、音楽史上の因縁を感じております。

それにしても、さすがBunchouさん!
ナンネルとこの関係はNMAやその他私の手にした文献には記載していなかったので、全く気づきませんでしたが、OortのCDの解説に載っていました。ただ、ナンネルが依頼した事実を示す書簡との関連が、まだ分かりません。日本語の書簡全集を持っていないので、ちゃんと読めっこないちょっとドイツ語とにらめっこして探さなければなりませんが・・・今日は体力が尽きたので、時間をかけて探してみますね。言及なさっている作品については、勉強が追いついていなくて知りませんでした。いま、パッとCDのジャケットや他の作品表を見ても、わからない・・・ご教示頂ければ幸いです。

投稿: ken | 2008年9月16日 (火) 22時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/208675/42486642

この記事へのトラックバック一覧です: モーツァルト:カプリッチョK.395(284a):

« 「マイスタージンガー」ですよ!:付)9月14日練習記録 | トップページ | 曲解音楽史44)明、近代中国への架橋 »