« 音楽美の認知(0):美術との対比のために〜ゼキ『脳は美をいかに感じるか』目次 | トップページ | 音楽美の認知(1)知覚は何を「美」とするのか »

2008年9月21日 (日)

モーツァルトの自筆譜確認:付)9月21日練習記録

MozartselfmusicCurraghさんのブログの「モーツァルトの未発表曲…らしい」で知ったのですが、AFP BB Newsおよび47Newsの記事によると、モーツァルトの自筆譜がフランスのナントで存在を確認された由。残念ながら拡大画像がダウンロードできないので掲載できませんが(左の写真は47Newsからダウンロードしたもの)、上半分は調性不明、下半分はCredoの標題を持つニ長調単声部の楽譜です。各ニュースへのアクセスは、リンクしたCurraghさんの記事からどうぞ。
拡大画像はAFP BB Newsに登録することで見ることが出来ます。



9月22日追加:いちおう、別のサイトからダウンロードした小さな写真を添えておきます・・・FigaroのWebだったかな?

Mozartselfmusic2

で、それを見て、音符の書き癖は私の知る限りではモーツァルトの自筆に間違いないと思うのですが、不審に感じるのは、まず(通常モーツァルトが使用していた版型の用紙がもとだとするならば)楽譜が切り取られていること、次に上半分と下半分はおそらく調が違うものであること、三つ目ににハイスピードで書かれたと思われることで、単声部でもありますし、スケッチとして書きなぐったものなのではないか、と考えられます。で、クレドの部分のスケッチは、ザルツブルク時代のミサ曲に関連が深い音型を示していますので(【フランス式ではありえないのですが】移動ド読みですと「ド-ど-れ-み-ふぁーそらそらそ|ふぁ#-み-ふぁ#-そ-らーしドしドし|・・・という具合です)、6小節目まではヴァイオリンパート、7小節目の上部は"Coro"と読めるような気がしますので7-8小節目はソプラノが"Credo in unum Deum"と歌う旋律、 7小節目の右から2番目にあるのはヘ音記号のようですから、そうだとすると9小節目以降は7-8小節目と協和音を構成しませんでサブドミナントになりますから、男声部で"Patorem omnipotentem"と歌う旋律かとの印象を受けました。9小節目にはソプラノ記号を示すと思われるハ音記号(C)が書かれていて、12小節目までまたソプラノの旋律なのかなと思うのですが、最後はまた十六分音符なので器楽(ヴァイオリン)のスケッチらしく思われます。
1772年に書かれたとされるKyrieのニ長調の断片12小節(KV.Anh.19=Fr.1772b、NMA第2分冊に写真はないので、オリジナルを反映しているかどうかは分かりませんが、声楽部は6小節目まで、器楽部は12小節目まで出来上がっていてスコアの体裁をなしています)がありますから、この"Kyrie"と同じグループのミサ・ブレヴィスに属する可能性もあるかも知れません。
なお、最下行に、1839年にモーツァルトのものであると鑑定した署名があり、今回の確認はその追認ということになります。
(9月22日付記:Curraghさん情報によると、Fogaro紙は本フラグメントを、父レオポルト宛1783年書簡を根拠に1787年と判定した、と報じている由。・・・なんで、4年も前の手紙がフラグメントの年代決定に繋がるのか、かつ1780年代後半のものとしてはパッセージがあまりにもザルツブルクっぽいのも、不審ですけれど・・・詳しく知りたいところです。)
47Newsによると、ナント市では来年1月下旬からの音楽祭でこの楽譜を演奏する予定、とのことですけれど・・・これだけの構成のフラグメントをどう演奏するつもりなんでしょうか???



さて、本日の練習記録。こっちが本題でなければいけません。ですが、要点は限られていますので、なるべく手短にします。
毎度の所用で、前半のハイドンに出られなかったことを、最初にお詫び申し上げます。ただ、先生のご指摘と合っているかどうか分かりませんが、・・・あ、スコアどっかやっちゃった!・・・今回の「めんどり」は各モチ−フのキャラクターをくっきり浮かび上がらせ、しかも主役脇役の変転のバランスを臨機応変に把握し、正しいリズムで演奏しないと面白くも何ともない。音楽のイディオムとはこういうものだ、という前提が個々人の中にも明確にあった上で、それがきちんと全員に共有されて初めて、ハイドン本来のユーモアが活きる作品だと思っております。ハイドンはしばしば「偶数ではない」小節でのテーマ構築をしていて、それが意外な落とし穴になることもありますから、そのあたり、よく読譜しておく必要は、少なくとも注意を受けていたのではないでしょうか?(ハイドンについては先生とお話出来ませんでしたので、推測のみです。)

<シューマン「第4」3・4楽章>
※第3楽章
・主部は2小節単位の起伏を最小要素として前半部4+4+8、後半部8+4+4+8+8+前半部構成、という作りになっている。その構成の中での起伏を考慮して。とくに、節目節目は決して紋切り型には切れない。(先生の仰りたかったのは、「鐘の音のように減衰して、次の節が新たに始まる、という感じではなかったのかな・・・)
・主旋律に見える動き(1stVn.中心、もちろん、間違いなくこれがいちばん明確な旋律なのですが)よりも、四分音符の連続する管楽器の方にメロディ性が強くある(付点二分音符に伸ばして繋げて吹いてみるとよく理解できる)ことに留意が必要
・練習記号Qの木管とヴァイオリンの旋律は2小節目ごとに、次小節のアウフタクトと明確に区切る
・同じくQ4小節目のヴィオラ以下の四分音符は、フレーズを終わらせる音である。
・Trioの1stVn.以外のパートは、引き続き主部と同じ役割を担う。

※第4楽章
・序奏部〜「トランペットは、どう感じてここを吹いていますか?」/「神々しく」・・・うーむ、輪郭のはっきりした音で吹いてしまっているのでそんな問答になったと思いますし、かつ録音で出ているものはここが「輝かしい」演奏であることが多いのは事実ですが、下でうごめいている弦楽器はまだクレッシェンドの途上なので、むしろシューマンの内面としては「ミステリオーソ」の要素が強い音色を求めている気がするんですけど・・・ご一考を。
・主部〜付点音符は軽やかに吹ききり、弾ききる。
・練習記号Uに現れる旋律は、フォルテとピアノをディナミーク上明確に区分する(ただし旋律としては切れない)
・Wの4小節前、2小節前は、次の小節と明確に区切り、各々次の小節は「ゼロから始まる」ピアノからの急激なクレッシェンド

ちゃんと意味が通じるように綴れているでしょうか?
でなければ、ごめんなさい。

L4WBanner20080616a.jpg


クラシックCD検索に便利!バナーをクリックして下さい!

|

« 音楽美の認知(0):美術との対比のために〜ゼキ『脳は美をいかに感じるか』目次 | トップページ | 音楽美の認知(1)知覚は何を「美」とするのか »

コメント

Kenさん

バッハの新発見のオルガンコラールファンタジーBWV.1128のときもたいへんお世話になりましたが、小生、モーツァルトのほうは通り一遍もいいところのディレッタントのそのまた…というていたらくですので、走り書きした楽譜を前にして、あのくらいのことしか書けませんでした。Kenさんのように深く、「本物の」知識を持ったみんながそれぞれ私見を出し合い、compare notesしあうことで素人は素人なりに知識を深めることができるのですね! わたしたち利用者は、なんだかんだ言ってもこの「世界規模で個人が自由にやり取りできる」Webという仕組みを編み出し、また整備普及に尽力された人のことを忘れてはいけませんよね。

話をもとにもどして…上段に書かれた草稿譜は調性不明…ですか…Fにシャープ一個ついていたように見えたので、ついあんなこと書いてしまいました。誤解を招く表現はできれば避けたいので、削除したほうがいいかもしれませんね…。それと、『ル・フィガロ』電子版記事では「キリエ」もあるようなこと書いてありましたが、どう見ても「クレド」だけのような気がします。'Coro'という文字もしっかり見落とさなかったのは、さすがです! 詳細な分析に感謝、感謝です。
m(_ _)m

のちほどTBさせていただきますね。

投稿: Curragh | 2008年9月22日 (月) 07時51分

Curraghさん、細やかな情報を本当にありがとうございました。
御礼が遅くなってすみません。

「自筆譜」や、こないだのバッハ作品らしきものの「筆者譜」の鑑定過程は、もっときちんと報道に載せて欲しいな、と常々思うのですが、記者ないし新聞ががバッハとかモーツァルトとか言う名前にばかり過剰反応するのにはガッカリです。
モーツァルトは「スケッチをしなかった」という神話はとうの昔に崩れている(といってもここ30年くらいの間のことですが)のですが、現存しているものは少ないので、これがスケッチであることが明らかなのだったら、むしろその面で貴重です。
たしかに、それでもWebで確認できるようになったことには非常に感謝をしなければなりませんね。

モノの価値が、「それにどのような意義が、何故あるのか」ということに関心をもたれ、評価されるようになることを、切に望んでおります。

投稿: ken | 2008年9月24日 (水) 23時22分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: モーツァルトの自筆譜確認:付)9月21日練習記録:

» モーツァルトの未発表曲…らしい [Miscellaneous thoughts]
1). まずはこちらのニュースから。なんでも仏ナントのジャック・ドゥミ資料館に長らく保管されていた楽譜が、このたびモーツァルトテウムの専門家が鑑定した結果、モーツァルト本人の直筆だと判明した、というもの。いままで他人の筆写譜だと思われていたらしい。とはいえ…..... [続きを読む]

受信: 2008年9月22日 (月) 08時17分

« 音楽美の認知(0):美術との対比のために〜ゼキ『脳は美をいかに感じるか』目次 | トップページ | 音楽美の認知(1)知覚は何を「美」とするのか »