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2008年9月26日 (金)

曲解音楽史45)朝鮮の中世〜累積、破壊、復興

前の回:1)音という手段 2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽  5)トランス 6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国 10)古代ギリシア
    11)古代ローマ 12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ  14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断
    15)中世前半の西ユーラシア  16)唐朝と朝鮮・日本 17)「声明」の伝来
    18)モンゴルと中央アジア北方 19)「十字軍時代」の西ユーラシア
    20)日本固有(?)の古歌 21)グレゴリオ聖歌
    22)平曲と能楽:付)発声法について 23)アンブロジアン聖歌・ローマ聖歌
    24)西ヨーロッパ中世 25)ジョングルール 26)十字軍時代前後のイスラーム
    27)ペルシア伝統音楽〜中世からの遺伝子 28)インド中世 29)宋・元時代の「中国」
    30)日本の「オラショ」 31)ヴェトナム伝統音楽 32)インドネシア 33)東アフリカ
    34)イスラムと西欧の融合 35)ルネサンス? 36)フランドル楽派 37)16世紀スペイン
    38)16世紀中南米 39)15-16世紀イタリア 40)英仏戦争の頃 41)15-16世紀中欧
    42)オスマントルコ 43)アフリカ 44)明朝時代の「中国」



前回の最後に触れたことですが、朝鮮半島は、16世紀末に日本の侵攻を受け、最終的に実質的な勝利を勝ち取ったものの、たった7年でそれまでの沃野の大半を失うという大打撃を蒙りました。それにともない、元朝の征服以後に衰微した高麗王朝ののち台頭していた李氏も大打撃を受けましたが、そこから懸命な復興への努力を続けることで近世を迎えます。
たった数年の「戦争」で、人々がそれまで営々と築き上げて来た文化(そのおおもとが「生活」にあることは言うまでもありません)が激しい混乱をきたし、社会の急激な変動により、ものによってはいくら貴重であっても絶滅に至ってしまうことは、歴史の中でさまざまな地域・国家が経験しています。朝鮮半島も例外ではありませんでした。が、こんにち、後期李氏朝鮮や韓国が再び再構築と保持に努めた努力によって、長い伝統を誇る朝鮮半島の音楽の、すくなくとも中世期に遡る音楽までは復興・演奏され、保護されていることには、充分な敬意をはらうべきであるかと思います。


ほんの短い文章ではありますが、私の手元で朝鮮音楽史を時系列に知ることの出来る書物は「アジア音楽史」に限られていますので、それのみによります。不足する情報は「韓国音楽探検」により補います。

日本文化は奈良期までは朝鮮半島からの直接流入が正規ルートでしたので、当然、日本で奈良朝以来の伝統を誇る文化は、それより前には朝鮮半島で成立していたと見なさなければなりません。
事実、音楽面では、日本がまだ朝鮮半島と直接関係を保っていた三国時代(百済・新羅・高句麗鼎立期、日本の飛鳥時代)には、とくに高句麗において、現在も韓国の重要な民族楽器であるコムンゴの租型が成立していたことが遺跡の図像から確認されています。
また、日本雅楽の「高麗楽」は舞楽であって古代朝鮮で既に舞踊が盛んであったことを偲ばせると共に、今では伝わらない「伎楽」(612年伝来?)は仮面劇でしたが(朝鮮半島にはそのおおもととなったと推測される仮面劇が残っている由)、これも高句麗に原型があったと想像されているようです。音楽そのものは、「日本書紀」によれば、453年に新羅から音楽家が派遣された記事があり、楽器も、新羅や百済由来の琴のたぐいが百済人によってもたらされたものが正倉院に残されており、とくにコムンゴの租型である玄琴は、日本の和琴にも影響を与えたとされています。
こうした古代の朝鮮音楽は、復元が殆ど不可能、とのことで、耳にし得ないのは残念です。

さらに、朝鮮半島で今も盛大に奏される「梵唄」は、新羅に仏教が伝来して以来のものと思われますが、現在のものは、幾多の時代の変遷を経ているため、古代からはもちろん、中世期以降の伝統をどの程度保っているのか判然としません。(ただ、古代末期には既にかなり壮麗なものであったらしいことを、前に「入唐求法巡礼記」で円仁が記している旨、このカテゴリで触れ、現行の韓国の梵唄の例も聴いて頂けるようにしてあります。)



Chonganboさて、16世紀最末には日本の侵攻で壊滅に瀕した朝鮮音楽ですが、それよりほぼ150年前に、ハングルを普及させたことでも有名な世宗が「井間譜(チョンガンボ)」という格子状の定量譜である楽譜を発明するなど、とくに礼楽の整備の必要上から奏楽・新曲作成・組織整備と共に大幅な努力で整備に努めた実績があったことにより、前期李氏朝鮮が高麗から受け継いだものも、いまなお聴くことが出来ます。
「井間譜(チョンガンボ)」はマス目一つ分を拍の一単位として数えるものだそうで、マス目の中には音律の最初の文字が記されています。音律は中国と同じ十二律を採用しているとのことです(「韓国音楽探検」p.84〜87)。

高麗及び前期李氏朝鮮に由来する音楽を二つ聴いて頂いて、今回は終りにしますが、このあと、後期李氏朝鮮のもとで、朝鮮音楽はバンソリ、散調(サンジョ)という多様で激しい情動を伴う表情豊かな音楽を産み出して行きますから、近世もまた目の離せない存在であり続けることとなることを申し添えておきます。


・「歩虚子(長春不老之曲、高麗時代、宋より伝来)
歩虚子
演奏:韓国国立音楽院。「韓国の古典音楽」 COLUMBIA COCQ84223

・萬波停息之曲(高麗後期伝来の軍楽)
萬波停息之曲
演奏:韓国国立音楽院。同上アルバム

聞き流しただけでは日本の雅楽に似ているという感じがするかもしれませんが、いくつか、決定的な違いがあります(私の印象ですが)。

開始部)日本:笛の独奏で始まる割合が高い  朝鮮:拍子木の合図で、全合奏で始まる。
節回し)日本:楽器の特性で笛と篳篥が違う  朝鮮:笛と篳篥が一致し、笛は宋風の装飾がある
弦楽器)日本:琴と琵琶の撥弦楽器を用いる  朝鮮:(おそらく)擦弦楽器も加わっている
打楽器)日本:太鼓のみ。琵琶の撥音が補強  朝鮮:太鼓、鐘、鉦などと、豊富になっている
※朝鮮側の楽器は、聴いただけの印象よりはさらに豊富なようで、「韓国音楽探検」p.52にその一端が紹介されています。

この差異からいって、朝鮮の方が中世期の特徴を生かしたものになっていることが分かると思います。
なお、中世音楽(というより合図としての音)における鐘、鉦の役割の拡大は日本の中世(踊り念仏から室町時代以降の中小寺院への梵鐘の普及、戦場での信号としての用途)にも見られる現象ですが、朝鮮との兼ね合いは分かっていないようです。


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