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2008年9月19日 (金)

ウィーンフィル来日2008補遺(9.18)

<はじめに>
一昨年のアーノンクールとの来日に引き続き25回目となったこのたびのウィ−ン・フィルの来日ですが、19回目、24回目にも指揮をしたムーティの棒のもとで「本場イタリアもの」を存分に聴かせてくれたことに、大きな特徴がありました(75年にはベームの予備のようにしてついて来ています)。

ムーティはベームと共に初来日した時こそ、ウィーンフィルとロッシーニの「セミラーミデ」序曲を披露はしています。



ところが、第19回(1999)のときにはイタリアものは1曲もなく(シューマン:交響曲第2番、ショスタコーヴィチ:交響曲第5番、モーツァルト:交響曲第36・38・39番、シューベルト:交響曲第3番にJ.シュトラウス親子の作品9曲)、棒の印象も「うるさかった」ようです(アンコールのラデツキーマーチで観客の拍手にまでしたことに好感を持っていない記述があります)。
第24回(2005)でも、シューベルトを中心とした選曲で(「ロザムンデ」序曲、交響曲第4・7【未完成】・8【グレイト】)、次いでモーツァルト(交響曲第35番、クラリネット協奏曲[ソロはシュミードル]、協奏交響曲[ソロはホーネック(Vn)とリー(Vla)]・・・この時のソリスト達は今回も顔が見えていました。ホーネックは最も若手のコンサートマスター、リーはヘルムート・ヴァイスの後任で、シュミードルは毎度おなじみの名手です)、その他にはラヴェルの「スペイン狂詩曲」、ファリャの「三角帽子」、ヒンデミットの組曲「至高の幻想」、R.シュトラウス「死と変容」、といった具合で、やはりこの組み合わせでのイタリアものは全くありませんでした。
ところが、ムーティは、ウィーンフィル以外との共演では自身の来日は19回に達するそうですが(10月にウィーン国立歌劇場管弦楽団・合唱団を率いて再来日し20回目を迎えます)、ウィーンフィル以外とは少なくとも1曲は必ずイタリアものをプログラムに含めていましたし、とくに最も多く共に来日したミラノ・スカラ座のオーケストラ(スカラ・フィルハーモニー)とは、当然、イタリアものが前面に出る演奏会を行なっているのです。(ムーティの来日履歴はこちらのサイトを参照させて頂きました。)スカラ座とは幾つか、イタリアオペラの名映像も出しています(ロッシーニ「ウィリアム・テル」「湖上の美人」、プッチーニ「マノン・レスコー」など)。
昨日の<オール・イタリア・プログラム>が、ムーティとウィーンフィル、という顔合わせでの来日公演では如何に特異であったかが分かります。
しかも、その演奏内容は、昨日記しました通り、ウィーンフィルの本来持っている特性を存分に引き出した素晴らしいものでした。ムーティの指揮も、99年にうるさいと感じた方がご覧になったら、その変貌ぶりにきっと驚かれたことでしょう。振り過ぎないムーティ、というのは、私も全くイメージしていなかっただけに、彼の円熟ぶりに舌を巻く思いでした。
と同時に、ベルリンフィルを指揮する指揮者がウィーンフィルも指揮する、ということが多いため「ドイツ音楽の体現者」であると思われがちなこのオーケストラが、実は歴史的にドイツでもイタリアでもなく、かつイタリアの音楽を貪欲に吸収し続けた国オーストリアの中心に位置していることを、あらためて新鮮に感じさせてくれたことは、非常に意義深いと言わざるを得ません。街は違うザルツブルクですが、モーツァルトはそこから3度イタリアに出向き、オペラで成功したり勲章を受けたことを生涯誇りに思っていました。19世紀のオーストリア宮廷はイタリアの音楽家を優遇し続けました。ウィーンでベートーヴェンの音楽を最も脅威にさらしたのは、ロッシーニの作品でした。そうした、オーストリアの首都ウィーンの本来の特色が、今回、日本では初めて明らかになった、と言ってもいいと思います。

・残念ながらイタリアものではないのですが・・・
 Johann Strauss - "Das Spitzentuch der Königin" Overture
 
2004年の、ムーティ/ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの映像です。
今回の指揮はこのときほど「振って」はいませんでした。



<今回の来日の特徴>
公演は川崎(9.14)、大阪(9.15)、札幌(9.22)、新潟(9.20)、長野(9.24)、そして東京(9.16、18、23)で続行中ですが、イタリアものをまったく含まない演奏会は16日の東京(ハイドン:交響曲第67番【新潟でも演奏】、ブルックナー:交響曲第2番)のみであり、川崎と大阪、長野では前半が昨日のオールイタリアプログラムと同じ、札幌と23日の東京最終公演ではロッシーニの「セミラーミデ」序曲が演奏され、その他に採り上げられた<イタリア以外>の作品は、チャイコフスキー:交響曲第5番(川崎、大阪、札幌、東京最終、長野【最終日】)、ストラヴィンスキー「妖精の口づけ」組曲、シューベルトの「グレイト」の、計4作のみです。イタリアものが5作ですから、今まで1度もなかったことであると、はっきり分かります。しかも、とくにニーノ・ロータ作品はムーティは(スカラ座フィルとですが)名演CDを出しているほど深く理解していますから、出来ることなら他公演でも演奏されれば良かったのになあ、とさえ思いました。

私は昨日の東京公演しか「見られ」ませんので、他の会場ではどうなのか分かりませんが、サントリーホールでのオーケストラ配置は、なかなかに気の利いたものでした。山台(メンバーが少し高い位置に乗るための台)が、まるで古代ギリシャの劇場跡を思わせるかのように、同心円の階段状に四段(五段だったかな)組んであり、そこに弦楽器の後列の人たちも乗っかってしまう。今まで「見た」どんな演奏会でも、弦楽器が山台に乗る、などというのは、私は見たことがありませんでした(コントラバスは例外的に乗っていることがあります、また似た配置はベーム/ウィーン交響楽団のモーツァルト33番の映像、オケは忘れましたがクリップスが「未完成」を振っている映像にはありまして、後者はしかも映像のための演出であることが露骨に分かります)。その結果として、管弦打の音がよく融け合い、かつ、3段目に乗っていたチェレスタや最上段のハープもきちんと際立って聞こえる。演奏者が無理をする必要がない。ムジークフェラインザールでの彼らの日常的な「響き作り」を出来るだけ再現する努力の賜物ではなかったかと思います。

前半の「シチリア島の夕べの祈り」のバレエ音楽で、すでにその効果は存分に発揮されていました。ですが、この配置がもっとも音響的に活きたのはニーノ・ロータの「山猫」と、アンコールで演奏された「マノン・レスコー」の間奏曲でした。

音を融合させたい場合、管弦打を出来るだけ平に、あるいは高低差をあまりつけずに配置をするのですが(ゲヴァントハウス管弦楽団では、80年代前半にマズアが率いて来た時、コントラバスまで椅子に座らせて楽器をチェロと同じくらいに横に寝させて演奏させたこともあり、管は平場にほぼ近い状態でした)、今回のウィーンフィルの同心円山台の高低差は一段当たりおそらく15〜20センチか、高くても30センチ、したがって五段なら最上段と最下段(平場)の高低差は1メートルからⅠメートル50センチ、というところで、高すぎず低からず、で、音が「融合」と同時に「立体的に際立つ」という点でもすぐれた設置方法でした。・・・ただし、費用は相当にかかるものと思われ、そう簡単に真似できるものではありません。

熱狂的なファンの多い日本では、しきりにウィーンフィルについての本を出したがり、その音に「秘密」があるとまで題したりしていますが、コンサートマスターのキュッヘルさんは『ウィーン・フィルハーモニー その栄光と激動の日々』で、著者の野村三郎さんにこう言い放っています。
「日本の音楽雑誌が誰が指揮者として一番だとか、どこのオーケストラが世界一かなどという特集を組むでしょう。これほど無意味なことはない。我々はコンクールをやっているわけではないのだから。」(336頁)
2000年までホルンの団員だったセルナー氏が次のように発言したことが、同所の次ページに載っています。
「僕らは世界一だなどとは思わない。だけど、ウィーン・フィルハーモニー独自のものがあるとは思っているよ。」
読み誤ってはならないのは、これは「他には他のオーケストラに独自のものがある」ということをも語っているということが第一。しかしそれに加えてなお、順位などで評価されるのはまっぴらゴメンな、自分たちならではの、やはり誰にも真似できっこない特質を誇りに思っている、ということが第二、というあたりでしょうか。・・・ただし、それは決して「独自性」といったものではないのだ、と、キュッヘルさんは否定しています。確かに、彼らに「独自性」という特質があるのだったら、それは目で見なければ分からないものであり、それは昨日ちょっとだけ述べたような、日頃の訓練の仕方が、これはあたりまえのことながら、他の団体と同じというわけには行かない、という物理的事情に過ぎず、それはニーノ・ロータの「山猫」で見せた集団的レガート奏法のように、目で見ないと確認のしようがないものでしかありません。・・・そして、それはどのような練習方法や練習過程において彼らが身につけたものなのか、は、彼ら自身にも理論的に語ることは出来ないのではなかろうかとも思います。・・・秘密にしているのではなく、世の中のすべてがそうであるように、中に入らない限り、彼らのしていることは分かりませんし、他の優れた団体にも入り込んでみなければ、比較さえも出来ません。

それでもなおかつ、・・・いいでしょう、キュッヘルさんの言に従い、ウィーンフィルも他の優秀なオーケストラと何の異なるところもないのだとして、・・・同時に「目を開いて<見る>」という要素を加えるならば、私が大変引込まれたのは、メンバーの一人一人が、ちょっと他では見たことがないほど「律儀」で、「素朴」でさえある、ところでして、このイメージは、やはり「独自のもの」だと強く感じます。



いいオーケストラは、弦楽器のソロが入る場合には、その音をかき消すことがないのに、伴奏楽器もよく響いて聞こえます。
「山猫」にはヴァイオリンの強靭なソロがあり、これがまた強靭な人・・・名コンサートマスターだったヘッツェルさん急死後、それまで温厚な容貌だったこのひとの笑顔は、少なくとも「観客」の面前からは消えてしまい、厳しさだけが際立つようになりました・・・キュッヘルさんによって演奏された解き、聴衆はみんな、その音の力に圧倒されたはずです。ですが、このとき、同時に、ヴァイオリンソロとの対話を交わすために奏でられるフルートやオーボエのメロディが、決してキュッヘルさんのヴァイオリンの音量を超えていなかったことに、お気づきになられたでしょうか?
響きが合っていれば、物理的にはは減らされている「音量」であっても、響きのもたらすまた別の力で、みんな透き通って聞こえる。それが、キュッヘルさんのソロをいっそう力強く私たちに聴かせてくれたことを、無形の宝物に触れたように大切に思い続けたいと感じております。
(ちなみに、ムーティ/スカラフィルの録音では、ソロ以外が音量を落としていることがはっきり聴き取れてしまいますが、これは「録音」というものの特性によるところも大きいのではないかと考えております。)


きのうは曲に即して綴りました。
それではおしゃべりし尽くせなかった饒舌を、今日はどうしても押えきれずに追記した次第です。
ご宥恕を乞い願うばかりです。

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