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2008年8月15日 (金)

アーノンクールの問題提起(8)音楽と響き

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第1節は「音楽と人生」
第2節は「歴史的な音楽の解釈のために」
第3節は「音楽の理解と音楽教育」
第4節は「記譜法の問題」
第5節は「アーティキュレーション」
第6節は「テンポ」
第7節は「音組織と音程法」
でした。
第8節は訳書で5頁に収まるコンパクトな節であり、前節では言い切れなかったことの補足をなすものです・・・すなわち、第7節ではアーノンクールは、執筆当時に音楽の「骨」である音程の部分につきまとうようになっていた<十二等分的な固定観念>に対し、主に理論の歴史から徹底的に反駁を試みたのですが、その中で触れて来た多様な音組織・音程が、多様であるからこそもたらすことができた音楽とはいったいどのようなものであったか、を、実践の立場から補強しておこうと試みています。 ・・・で、独立に読むに値する重さが、前節の4分のⅠにも満たない量の本節に果たして認め得るのかどうか・・・おそらくYesだろう、というので、独立して「読み」を実施してみましたところ、ページ数が少ない分、本来なら省略が許されないほど凝縮された記述がなされているのでした。 本当に、一行たりともないがしろには出来ません。 ですが、エッセンスだけを採り上げるに留め、ご興味を感じる方は訳書そのもの(ブログ頁左下にのっけてある「古楽とは何か」です。このタイトルが翻訳として妥当ではないことは訳者さんも認めていることを第1節の「読み」に際して述べましたし、かつは第9節以降の内容、および第2章でのテーマの採り上げかたから、アーノンクーリ自身によって明示されています。)
ではエッセンスを、と言っても、これまた取り出すのが難しい。へたに幾つも採り上げるのではなく、本節の短さに釣り合うように(・・・と逃げを打っておいて)、ホンの幾つかを列挙するに留めておきます。

「私が目と耳で知る限り、あらゆる楽器は、それが芸術音楽に採用された時点で、すでに<完全な>改良はもはや不可能であるほど理想的な状態に達している。つまり、ひとつの面を改良するためには、別の面の改悪という犠牲を払わねばならないのである。」(訳書110頁7〜9行)

・・・アーノンクールの執筆当時はまだ一般の私たちには遠い世界でしたが、最近ではピアノの歴史をたどった書籍などで、ピアノがそれ以前のチェンバロやクラヴィコードの何を改良しようとし、その際何を犠牲にすることを(即ち別の欠点を生むことを)制作者は覚悟し、使用者もまたそのことをよく心得ていたかを知ることが出来るようになりました。

「われわれは、現代を喪失しながら、過去のすべてを得た----しかしすべてを理解することに比べれば極めてちっぽけな立場から、それも小さな切片から見ているに過ぎない、と言ってもよいだろう。」(訳書112頁8〜10行)

「われわれはもはや、十九世紀の先達たちのように、素朴に過去の遺産をただ探しまわることはできない。われわれは完全な悲観主義のなかで消耗してしまわないために、行動のなかに意味を見る必要がある。」(訳書113頁6〜8行)

最後に上げた三番目の記述が、次節以降、日本人の用語でいえば「古楽器・古楽奏法」への議論につながっていくのですが、訳書では「古楽器」を正しく「オリジナル楽器」と翻訳しています。すなわち、日本人は(今でもそう思い込んでいる人はさすがに減っているだろうとは思いますが)ヨーロッパの古い音楽の演奏に使われる楽器を「古楽器」と呼ぶことで、古い音楽の演奏には当時制作された楽器がそのまま用いられているのだ、と錯覚し続けていましたけれど、実際には「当時の楽器」そのものが用いられるのはよっぽどのことで、通常は「当時のものを再現してあらたに制作した」楽器のほうが、より高い頻度で用いられているのです。「古楽器」は、基本的に博物館に収まっている、というふうに、きちんと認識しておいた方が良さそうです。
・・・で、第1章の締めにかかるアーノンクールは、残りの3節で、「古い音楽」を今日演奏することは、かいつまんでいえば「古楽演奏」と呼んで片付けてしまっていいものかどうか、一方、十九世紀以降の音楽は、それ以前の音楽とどのような兼ね合いを持って演奏されるべきなのか、の本質に迫る試みを進めていきます。
すなわち、彼は決して「古楽とは何か」だけを本書で述べているのではないし、それに対立する概念として「近代音楽」を捉えてもいません。その辺の機微を上手に読み取れるかどうか・・・読み手としては、しかし、非常に大切な「読解上の試練」に立たされることになります。

せっかく本節で「オリジナル楽器」という適切な訳語を用いていながら、第9節の邦訳タイトルは「古楽器は是か非か」になってしまっています・・・この節で訳者が交代するので、そのせいか、と思ったら、違いました。話の内容上から奏する必要に迫られたので、原典上でも区分されているものと思われます。

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