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2008年8月20日 (水)

「後宮からの誘拐」序曲二態((アーノンクールの実践2)

アーノンクールの『音話としての音楽----新しい音楽理解への道』(邦題「古楽とは何か(言語としての音楽)」)で、昨日、耳での検証がしやすかろうと挙げたうちの、

2)音楽のひとつの面を改良するためには、別の面の改悪という犠牲を払わねばならない(第8節)

のサンプルを聴いて頂きましょう。

その演奏に賛否両論の多いモーツァルトです。
最も露骨に嫌悪感を示したベームとの比較が望ましいのですが、今日対照させたいと思っている作品については、あいにくベーム指揮のほうの録音を持っておりません。

ジングシュピール「後宮からの誘拐」序曲です。

音楽史ジャンルでまだ採り上げていないのですが、オーストリアはモーツァルトの活躍した時代からおよそ2百年前までは直接に、その後も間接的に、オスマン=トルコからの脅威を受け続けました。
脅威の象徴は、トルコ軍の、ラッパと打楽器を中心とした、強烈な軍楽でした。
アーリア民族の伝統的な軍楽もラッパと太鼓でしたから、現代から見れば大差ないようにも思えるのですが、トルコの軍楽の最大の特徴は、銅鑼やシンバルによる強烈な刺激と音量でした。

トルコ軍は、最強時代にウィーンへまで進行したので、彼らの残した響きの印象は、極めて長い間、オーストリアの人々の記憶に残っていたことでしょう。
ですが、具体的にそれをパロディ化するゆとりができたのは、やっと2百年も後になってからのことで、モーツァルトのこのジングシュピールも、そうした「トルコ音楽のパロディ」のひとつです。・・・もっとも、彼自身のヴァイオリン協奏曲第5番の終楽章、イ長調ピアノソナタ中のトルコ行進曲や、ベートーヴェンの「アテネの廃墟」中のトルコ行進曲を除けば、私たちはその痕跡をこんにち聴くことはまったくないと言っても差し支えありませんが。



で、20世紀中葉のシンフォニーオーケストラと、アーノンクール的な解釈では、より「トルコの衝撃」を切実に追体験させてくれるかどうか、が、今回の目玉です。

ひとつは、モーツァルト指揮者としては私の非常に尊敬しているひとりであるスウィトナーがシュターツカペレ・ベルリンと1976年に録音したものを前者の代表としてお聴き頂きたいと思います。・・・ドレスデンとのモーツァルト演奏の方が切れの良い録音を残しているスウィトナーで、その点ではちょっと残念なのですが、彼のバランス感覚が生きたものにはなっております。

スウィトナー

Deutsche schallplatten TKCC-15205

アーノンクールの録音は、チューリヒ歌劇場モーツァルト管弦楽団という団体となされています。同歌劇場の管弦楽団からの選抜メンバーでしょうか? 1985年の演奏です。

アーノンクール

TELDEC WPCS-21029

・・・いかがでしょう?

スウィトナーがオーケストラ全体の響きのバランスを重視しているのに対し、アーノンクールは打楽器やピッコロという「特種楽器」を強調することに力点をおいています。

それぞれが何を優先し、そのために何を犠牲にしたか、を、メモでもとりながらお聴きになってみて下さると面白いのではないでしょうか?
やはり、3回くらいは繰り返して聴き比べてみて頂ければ幸いです。



明日、もうひとつだけ、残った3)にあたる対比をしてみたいと思っております。作品としては有名ですが、曲としてはそうでもない・・・というものに「目を付けて」おります。


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