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2008年8月 6日 (水)

青森記(椿山のこと)

音楽の話題を離れます。
8月4日から今日6日まで、亡妻の実家である青森に滞在しました。

Pict0057_2荒れまくった関東とは対照的に、3日間とも透き通った青空、からっとした風でした。
八甲田山がきれいに見えました。

ねぶたもたっぷり見物しました。Dscn0438

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列車から、下北・津軽の両半島も、ずっと先の方までしっかりみえましたが、そのあいだに挟まれた夏泊半島についてはご存じない方も多いと思います。7年前、私は家内に無理を言って、その先端にある「椿山」を訪ねました。この椿山、柳田國男・・・より正しくは彼が引用した菅江真澄が、日本最北端の椿の自生地であることと、それにまつわる伝説を書き残しています。
列車に乗っていて、当時のことが思い出されてなりませんでした。
列車は夏泊半島の南端を抜けて青森市へと入っていくので、線路に沿ったその道沿いは、私には一生忘れられない風景になってしまっています。
青森から関東に帰宅して、7年前にそこを訪ねたときの記録を探し出しました。
駄文で赤面の至りですが、「椿」にまつわる伝説について記した部分のみ取りだして、お目にかけます。文のヘタクソさは、ご容赦下さい・・・まいど。

(以下、2001/8/14に記したものです。)
夏泊崎からほんの数分のところにある椿山は、本州最北端の椿の自生地である。椿はもともと亜熱帯の花で、青森県下では咲いている所はそれほど無いはずだ。それが、夏泊半島の、他の自生地からぽつんと離れたこの椿山の地点にだけ、遅い春に椿の花見客が訪れるほど、累々と咲く。
他から離れたこの地点に椿が咲くについては、伝説がある。その伝説を、菅江真澄が、彼の旅行記に書き留めている。

昔、文治年間というから、源平合戦の頃であろう。
夏泊半島最奥の横峰という所から材木を切り出して、北陸や京まで船で運ぶのを生業とする若者がいた。
若者は元来、この土地の男ではなかった。材木を切り出すのも、別にこの横峰である必要はなかった。けれど、若者が横峰にこだわるのには、理由があった。
若者が切り出した木を船に積んでいると、きまってやってくる娘がいた。
「おい、あぶないぞ」
と言っても、にこにこして近づいてくる。その笑顔が、色白で、ほどよくふっくらとしていて、くっきりした目鼻立ちも、えもいわれずかわいらしい。
若者は、殺伐とした航海を経たのち、この娘の笑顔に出会うと、波立っていた心が平らかに安らぐのを覚えた。それで、毎夏、横峰までやってきては、滞在を出来るだけ長くし、娘と語らいつづけた。
出会った頃は幼かった娘も、数年すると、すっかり美しい女性となった。
この年も秋となり、若者は、言った。
「次の夏、またここへ来る。そうしたら今度は、お前を私の里へ連れて帰ろう」
娘は、若者の胸元にしっかりと抱きついた。
「こんな田舎娘のなりのままでは、とても行かれません」
「きらびやかな衣装を用意してくる」
「衣装ばかりで包んでも、田舎の香りは隠しおおせません」
若者は、黙って娘の黒髪をなでた。
「この髪に」
と、娘は、髪をなでる若者の手を、そっと押さえた。
「この髪に、椿の油を塗れば良いのです」
「椿の、油か」
「都の人は、髪に椿の油を塗って、艶々と輝かせているそうです」
「そんなものを塗らずとも、お前の髪は、とても艶やかだ」
若者は娘の手を振り解き、そのついでに、娘の髪を手のひらでさらさらと掬った。
「椿の油は、高価なのでしょうね」
若者の胸に顔を埋め、娘が尋ねた。
「うむ。いや・・・」
「高価なものなら、ほんの幾粒かでもよい、この次の土産には、椿の種が欲しい。その種を絞ったわずかの油で、この髪を、あなたのために、もっと美しくしてあげる」
娘は、ちらり、と、若者を見上げた。
椿は暖地の花なので、北の果てのこの土地では、種も手に入れ難い。それを所望するのは、遠い土地の男を惹きつけている自分を、娘が地元の女達に誇示したい為でもあったろう。
「わかった」
承諾したものの、若者の顔は険しかった。
そもそも椿油を髪に塗るなど、京ばかりの風習で、油を絞るための種を仕入れるには、平時でも面倒が伴う。しかも、このところ、京の周囲は源平合戦の影響で騒然としている。椿の種が多少高値でも構わないが、入手の困難さを思うと、心がくもらざるを得ない。
が、娘に細々と説明しても、はじまるまい。
あどけなくこちらを見つめる娘に、若者は告げた。
「すこし、時がかかる」
「え・・・」
「お前の長い髪を本当にもっと美しくすることができるほど、椿の種をたくさんあつめなければならない」
「わずかで、よいのです」
「いや、わずかという訳には、いかない」
ほんのちょっとの油で、どうしてその豊な髪を潤わせられるだろう。
「せめて、ひとかかえほどは、持ってきたい。そのためにどれだけの時がかかるのか、私にも、まだ分からない」
「待っています」
「待てるか」
娘は、うなずいた。
「なに、ほんの少し、辛抱してくれればいい」
後で思うと、この最後の一言が余分だった。
若者は船出し、娘は見送った。
一年が過ぎ、また晩秋に至った。
この年、若者の船は、横峰の浦に現れなかった。
すこし時がかかる、と言い置かれていたので、娘は寂しさに耐えた。
二年目となった。
遅い春は常の通り短く、夏も、瞬く間に終わってしまった。
秋は儚く山の葉を散らし、横峰は再び、深い雪に閉ざされた。
船便が行き交ってこそ、このあたりは物も情報も豊かになる。冬場の海に、その船がやってくることはない。陸はといえば、隣の漁村とすら、細く曲がりくねった道が一つ繋がっているきりである。冬はそれさえ深雪に閉ざされ、行き来することは、ままならない。
囲炉裏を囲み、村の女達は、娘に向かい口々に意地悪を言った。
「あんた、だまされたんだ」
「あの男、ちょっと男前だったもんね」
「そうそう、今ごろ京で、別の女といちゃいちゃしとるにちげえねえって」
まだ幼さの残る娘の心は、意地悪に耐えつづけられるほど強くはなかった。
若者は、ほんの少し辛抱していろ、と言っていた。だのに、二年もたってしまった。二年の間に、同じ年頃の女幾人かは、地元の漁師と結婚している。
その女達が、娘への意地悪にたのしげな笑い声を立てている。
娘はとつとう耳をふさぎ、おおお、と、人が違ったような叫び声をあげて囲炉裏端から跳ね上がると、両手で頭を抱えたまま吹雪の中へと駆け出して行き、行方知れずとなった。
春になり、死体がひとつ、浜にあがった。肉は既にぼろぼろになっていたが、着衣の断片から、これが昨冬行方知れずとなった娘のものであると分かった。亡骸は、横峰のふもとの、見晴らしのよい丘に葬られた。
この夏、ようやく、若者の船が戻ってきた。
若者は、腕一杯に椿の種を抱え、満面の笑みで岸に下りてきた。
しかし、船がくれば走り寄ってくるはずの娘が、一向に姿をあらわさない。
顔見知りの漁師が、彷徨する若者に気づき、
「おい」
と声をかけてやり、それから、娘の死の一部始終を若者に語って聞かせた。
若者は肩を落とした。
「三年前にここをたってから、私は北陸の港で、源氏の兵に駆り出されました。なんでも、九郎義経という武将が将軍に逆らって奥州に潜伏すべく、逃げ回っているとのことでした。その捜索をさせられたのです。」
その後解放されて京に戻り、さらにやっとの思いで椿の種を大量に仕入れているうち、とうとう三年が過ぎてしまったのだった。
漁師が若者を、娘の葬られた丘に連れて行った。
丘の墓前で、若者はひざまずいたまま、ぼろぼろと涙を流した。それまで大事に抱えられていた腕一杯の椿の種も、墓前の土に、ぼろぼろとこぼれ落ちた。
若者は、その日のうちに夏泊を離れ、二度とやってくることがなかった。
数年たち、若者のこぼして行った種が芽を出し、木に育ち、春になると丘いちめんに花を咲かせるようになった。
「椿は暖かい所の花だはで、こんなに咲くのは不思議なことだの」
不思議は人づてに広々と伝わり、やがて、丘に葬られた娘は春の女神として祭られ、社殿も整い、椿の咲き誇る時期には参詣者が跡を絶たないようになった。

いま、椿山は、キャンプ場になっている。
夏泊崎から丘一つ迂回すると、今までとは打って変わって、人工的な松林が広がる。林の地べたは、一面、芝生であって、きのこの生える隙間も無い。夏休みのおりから、その芝生に、ところせましとテントが張ってあった。
赤い欄干の小さな橋を渡ると、そこが椿神社である。椿の種を待てずに死んだ娘が祭られているはずの社だ。
社は丘の上に、ひっそりと立っている。想像していたほどの大きさも無い。
短いが急な傾斜の石段を登って、社前に行ってみたが、賽銭箱も無ければ、鰐口も無かった。それで、社前に一礼だけをして、それから社の周りを一周してみた。
花も、花らしいものも、咲いている気配がない。
探すと、椿の木ばかりは、たしかに、そこかしこに生えていた。もちろん、時期ではないから、花が開いていよう筈もなく、ただ、肉厚な葉だけが深い緑色で点々と茂っていた。
境内に、何か説明書きのある看板が、ひとつだけぽつりとたっている。娘の伝説でも記されているものか、と、少し胸を躍らせて読みに行ったが、
「ここは、この緯度には珍しい椿の自生地です」
ということが、生物学的な見地から、延々と述べられているばかりだった。
境内も、周囲のキャンプ場と変わらない、青々とした芝生だ。ここにもやはり何のこだわりもなく、テントが二つ三つ張られていた。テントの中からは小学生達がぞろぞろと出てきて、なにやら面白そうに談笑している。
やむなく手元の観光案内をひも解いてみると、ここの神社、昔は確かに女の神が祭られていたらしいが、現在の祭神は、男神である猿田彦尊なのだそうだ。
もういちど、周囲を見渡してみた。
海は、道一つ隔てたばかりのところだ。
しかし、松林に遮られ、波打ち際より先には、眺望がきかない。
神になった娘は、おそらくは、この松林が立派になりすぎたために、社から立ち去って行ったに違いない。
せっかく見晴らしのよい丘で、若者の船がまた現れるのを、今日か明日かと待っていたのに、松に視界を遮られては、最早ここにとどまっている理由はない。
ここには娘はもういないのだ、と思うと、気落ちせざるを得なかった。
もしかしたら、自分は伝説の娘に横恋慕していたのかもしれない。その想いだけで、ここまで来てしまったようだ。
景色の中をキャンプの子供たちにとけこんで無意味にはしゃぎまわっている我が子達と、それを見守っている女房の背中とを、僕は後ろめたい気持ちで眺めるほか、なす術がなかった。

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