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2008年8月12日 (火)

アーノンクールの問題提起(5)アーティキュレーション

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第1節は「音楽と人生」
第2節は「歴史的な音楽の解釈のために」
第3節は「音楽の理解と音楽教育」
第4節は「記譜法の問題」
でした。
第4節を受け、第5節は「アーティキュレーション」について、徹底的に追及を試みています。

「アーティキュレーション」という言葉の意味については、アーノンクールは節のはじめに、1903年の百科事典の説明を引用しています。
英和辞典においても、この語は音楽用語としてではなく、「分節発音」という<話し方>をあらわす言葉として説明されてますが、アーノンクールの引用でも、この語の説明は、まず「分節すること、なにかを一点一点申し述べること、特に単語の音韻と音節とをはっきりと発音すること」という、言語法の意味合いから述べられています。その後に続く、音楽上の意味は、省いてもよいでしょう。というのも、アーノンクールが本来注目しているのは、音楽が1800年までは「言語」の一種として機能していた、という点ですから、もともとこれだけで充分なのです。
これに基づき、アーノンクールは次のように表明しています。

「私は『1800年以前の音楽は話し、それ以後の音楽は描く』と言いたい。前者は、語られるものすべてと同様に<理解>されなければならない。理解が前提なのである。後者は気分によって働きかける。気分は理解する必要はなく、感じるべきものなのである。」(訳書59頁11〜13行)

1800年、という年代に、アーノンクールがこれまでの自身の記述を受けて、大きな転機としてのフランス革命を意識していることが窺われます。



自らが引いたこの線に基づき、アーノンクールは、バロック音楽が現代のヨーッロッパ人にとって「外国語」である、との立場をとります。従って、バロック音楽については、その<文法>を学ばなければならない、という入り口に立つことになります(本来は彼の引いた線は古典派【ベートーヴェンは除かれるでしょうが】までをも含むことになるし、彼自身そのように意識しているのですが、本節ではその旨は明示されていません----これは第3章の議論の展開と密接に関わっているのですが、今回の「読み」の試みではそこにまで手をつけません)。

アーノンクールがまず第1に挙げるバロック音楽の文法は、

・音符にも<高貴nobilis>なものと<卑しいviles>もののヒエラルキー(階級性)がある

点です。・・・これが、アーノンクールをして、ことさらにフランス革命を意識する大きな理由となっているのではないかと思われます。私は出典・根拠について知りませんが、彼の発想によれば、ヴァイオリン属のボウイング記号で、「下げ弓」が「n」型、「上げ弓」が「v」型なのは、この<文法>に由来する、あるいはかたちの類似は偶然ではない、ということになります。

次に上げられているのは

・不協和音の解決は強調されてはならない

というルールです。これは、最初のルールと共に、発音の意味付けの上で重視されています。すなわち、通常の協和音(あえて砕いて言えば「ドミソ」「ソシレ」「ファラド」のような)は<高貴>な「強拍」に置かれるのが原則なのですが、不協和音が<卑しい>「弱拍」に置かれたときには、それが「解決」される次の強拍上の協和音よりも、不協和音の方を強調しておかなければならず、そのことによって音楽の発音にいきいきとした変化をもたらし、単調さを回避するのだ、というわけです。



前提として、「楽音〜音楽を形作る音声」というものはどのように発音されるべきか、という基本原則があります。
アーノンクールは、このことについてはレオポルト・モーツァルトの言葉を幾つか引用していますが、その中の一つを、ここでは典型として掲載しておきましょう。

・「このような(あらゆる最も強い・・・別の引用から)音符は強く弾かれなければならない。そしてしだいに消えてゆく静寂によって、強調を伴わずに保持されねばならない。鐘の響きのように・・・しだいしだいに消えてゆくのである。」

すなわち、テヌートないしソステヌートによって明示的に指示されない限り、楽音は<鐘の音>のようでなければならない、というわけです。そして、そのような演奏は、(私たちのごく普通な思い込みに反して)オルガンでも可能なのだ、と、彼は述べています。(以上、訳書60〜66頁)

「ほぼ1800年以後の音楽の音は、それぞれがソステヌートで弾かれることによって、私には二次元的ないし平面的に思える。他方においてそれ以前の音楽の理想的な音は、それに内在する強弱法によって肉体的に語りかける、つまり三次元的なのである。」(訳書66頁15〜17行)

・・・これを読むと、私はまだ耳にしていない、アーノンンクールの指揮(演出)による『我が祖国』を、是非とも聴いてみなければならないかな、と思ってしまいます。



以上の原則および基本文法の上位に、「音のグループ」があり、アーノンクールはそれを観察することで先に進んでいきます。ここまでを総合して初めて、「アーティキュレーション」について明らかになっていく、というわけです。

「われわれは耳によってあたかも深みに分け入り、そのときはっきりとさまざまな層を聴くが、それらの層はひとつの全体に融合するのである。われわれは層の底に<素描>すなわち構想を聴くが、別の層には不協和音の強調を見出し、次の層にはその表現法ゆえに柔らかく連結されたある声部を聴く、そしてさらに厳密かつ堅いアーティキュレーションを施されたもうひとつの声部を聴くのである。これらがすべて同時に行なわれる。聴き手はその曲に含まれるものをすべて同時に理解することはできず、その曲のさまざまな層をさまよい、常に別の聴き方をする。こうした多層性は、この音楽の理解には極めて重要である。単なる平面的な演奏ではけっして満足出来ないからである。」(訳書68頁13行〜69頁1行)

・・・音楽のあるべき姿に対するアーノンクールの一つの「理想」の表明のようです。この表明は、彼がバッハの『マタイ受難曲』や『ロ短調ミサ曲』演奏の実践を通して体得した感性から導きされたものであり、先の基本文法以外の要素については分離しようがないように思われます。
かつ、アーノンクールは、なぜ本来このような音楽の理想型が1800年前後以来崩れてしまったかについて、スラーやスタカートの用いられかたの変化を傍証として挙げていきます。

バロック音楽(からおよそモーツァルト・ハイドン当時まで)では、

・スラーはそれがかかった最初の音符の強調とその後の音符の減衰を意味していた
・スタカート(とは言わず、「点」とだけ見た方が著者の趣旨に沿うでしょう)は、そこまでになされたことの中断を意味していた(点は単純に、ここは連結してはならない、ということを意味している)

としています。それが1800年頃以降は

・スラーはレガートによりアーティキュレーションが聞こえないように試みる
・スタカートは<短縮点>とみなされるようになる

といった変化をきたしたため、『1800年以前の音楽は話し、それ以後の音楽は描く』という事態が招来された、というわけです。



音量の大小(強弱法)や付点リズムの問題にも、アーノンクールは言及しています。が、それらは彼が本節の最後のほうで語っている言葉に収斂され、1980年代までに<まじめな音楽(クラシック)>に深入りした者には痛烈に響くこととなります。

「残念ながらわれわれは五十年このかた、いわゆる<作品に忠実>という危険な流行の処方箋を与えられている。そして書かれた楽譜の正しい解釈をいまだに伝えてくれるすべてのよい伝統を、単なる楽譜のために排除したりしている。」(訳書77頁13〜15行)

<楽譜に忠実>を標榜した代表的な音楽家としては、私はジョージ・セルを思い浮かべますが、セルとて決して無味乾燥で「伝統を排除した」演奏をした、とは思っておりません。ただし、<楽譜に忠実>という「指導」を多くの音楽家が自明のこととしていた事実は、私も経験しています。アーノンクールはおそらく、それらがあまりにも安直であったことをアピールしたいのでしょう。

では、彼はそれに対しどのように考えを変えればこうした安直さを避けられると考えているのでしょう?

次節以下に記されているかどうか、興味深いところです。

第6節は「テンポ」を扱っています。・・・この節、ちょっとクセモノです。

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