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2008年8月10日 (日)

アーノンクールの問題提起(3)音楽の理解と音楽教育

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第1節は「音楽と人生」
第2節は「歴史的な音楽の解釈のために」 でした。
第3節は「音楽の理解と音楽教育」と題されています。 タイトルというものは、つけるのが難しいのだな、と、つくづく思わされます。ドイツ語ではどのようになっているのか分かりませんが、この節は、少なくとも日本語訳から予想するような、「音楽の理解のための教育」とは何であるか、について論じたものではないのです。音楽の理解と教育の「変遷と課題」とでも言葉を補った方が、アーノンクールが表明したいことに近づける気がします。 そのあたりを見ていきましょう。
「われわれが文化全般にわたって破滅へ向かっている多くの兆候がある。」(訳書22頁1行)

最近でもなお、良識的な文化人の多くのかたが表明しているのと同様のメッセージから、アーノンクールは本節を始めています。そして、この兆候がある点では音楽も例外ではない、と述べて、記述を音楽に絞り込むのです。なおかつ、それをになう音楽家については、こう表明しています。

「・・・ただし私は<音楽家>という言葉の中に、職業的に音楽生活に関わっている人たちすべて、さらには職業的に音楽を聴く人たち、そして本来は聴衆をも含めて理解しているのである。」(訳書22頁5〜7行)・・・すなわち、世間一般にいうプロとアマチュアの別やそれに伴う権利・義務なるノイズは除去して、以下の彼の主張を読者に受けとめてもらえることを希求しています。

基本となるスタンスは、音楽は過去には言葉と歌が密接に結びついたものであったにもかかわらず、このことが今日の音楽理解においては音楽が、理論の変化に伴って、人間本来の言語・歌とは分離した別の語彙を確立しつつある、もしくは確立してしまった、という危機感のうえに築かれています(22頁から24頁にかけての記述)。

「つまりわれわれは、<民族音楽><娯楽音楽><まじめな音楽>(クラシック音楽)を区別している(ただし私にとっては<まじめな音楽>などという概念は存在しない)。これらここのグループのなかでは、統一は部分的にまだ存在しているが、音楽と人生の統一、音楽全体としての統一は失われてしまったのである。」(訳書24頁11〜14行)

以下、アーノンクールは、この区別された3種の音楽についての各論を少しだけ披瀝していますが、それを読むまでもなく、私たちは現在の音楽の享受のされかたから、かれの区分が私たちの直感に素直に対応することを認め得るでしょう。



この節でもまた、アーノンクールは第1節同様、音楽の位置づけの変換点をフランス革命に求めています。
音楽家の役割について、アーノンクールは中世と現代の差異を素描してみせます。(27〜28頁)

*中世:「理論家(音楽の構成や理論的構造を理解していた非実践者)」・「実践家(理論を理解しなかったが、音楽が自分の言語と密接に関わっているために、本能的に音楽を理解し、演奏・歌唱することができる者)」・「総合的音楽家(理論家であると同時に実践家でもある)」の区別が顕著であった。

*現代:中世の「総合的音楽家」と同等かも知れないが、彼の音楽を是が非でも<必要とする>人間(聴き手)との生き生きとした触れ合い欠落している。

なぜ、このような転換が起こったか。
それは、中世と、フランス革命以後の、音楽教育のありかたが(社会の他のことども同様に)変質してしまったところにあるのだ、と、アーノンクールは見ています。

中世における音楽教育は、手工業などと同じく、マイスター(親方)と徒弟の関係を前提になされたものでした(たしかに、この伝統は、少なくともベートーヴェンやシューベルトの伝記から、この作曲家たちが受けた教育方法がどのようなものであったかを読み取った時に、中世に類似していることが分かります。)
フランス革命以後、これは「ひとつのシステム、ひとつの機関に取って替わられた」、と、アーノンクールは主張します。「コンセルヴァトワール(パリ音楽院)がそれである。」(訳書31頁15行)

「フランス式の教育法は、音楽の様式をあらゆる点において完璧に統一するものであり、そこで問題となっていたのは、音楽を政治的な全構想に統合することであった。」(訳書32頁3〜4行)

アーノンクールが「極論」しているように、フランスだけが、しかも「革命」によって、「政治的に」このような転換を遂げさせたのかどうか、私はいまのところ他に資料的な裏付けをとれていません。ただ、一方で「反動政治」の元にあったオーストリア(ウィーン)でも、ニコライなどの動きを見ると、確かに社会情勢とは連動はするだろうものの、政治とは必ずしも密接に関わらずとも、マイスター制度が崩壊していっているように思われます。メンデルスゾーンによるゲヴァントハウスでの活動もありますから、アーノンクールがフランス革命とコンセルヴァトワールのみを標的とするのは、彼が論を一貫させるための強引な「省略」があるように感じます。

ただし、

「興味深いことに、音楽実践の新しい方法(注:コンセルヴァトワール方式)を賛美した最初の人物は、リヒャルト・ワーグナーであった」(訳書33頁11行)

と述べていることは、ニコライやメンデルスゾーンが築こうとした伝統が指導的地位をもつ人物の死と共に早くも途絶えたのに対し、ワーグナーの流派が隆盛を極めた事実を勘案したとき、アーノンクールの記述は正確ではありませんが、感覚的には正しいものであると感じます。

すなわち、音楽におけるドイツ中心主義をかなりの勢い・強度をもってフランスやイギリス、イタリア(後者はヴェルディやプッチーニを生み出しているとはいえ、そこに伝統的なイタリアの音響を聴くことは出来ないと、私などは感じます。そこにあるのはワーグナー流の響きです)に広めたのは、ワーグナーその人ではなかったにしても、その弟子(ビューロー、ハンス・リヒター、ニキシュ)や、皮肉なことに反発者たち(ドビュッシーなど)でした。



以上のことによって生じた現状の悲劇的な様相(とアーノンクールが捉えているもの)を、彼は以下のように言い表しています。

「目下のところ聴衆は、フランス革命の結果として、多くの音楽家たちと同様、彼においても、美と感情とが音楽体験と音楽理解とが唯一の構成要素に還元されてしまったことを今なお知らないまま、まるで禁治産者のような扱いを受けたままなのである。」(訳書34頁17行〜35頁1行)

アーノンクールが「唯一の構成要素に還元されてしまった」とするものが何であるかは、以降の節で具体的に述べられていくものですので、とりあえず、それらの節を読みながら考えましょう。
ただ、アーノンクールは、第2節で触れた、「音楽的に生気に満ち創造的であった最後の時代」が、実は「そこで止まってしまった」大きな原因が、じつは「止まってしまった」ときから百五十年遡っての変化に遠因があること、しかもその中で、教育の仕方に甚だしい転換があったことこそが危機の胎動となったことを、本節では前節からさらに深めているのです。



記述はやや多弁ですが、本節でアーノンクールが主張したいことは、節の最後に集約されていると見てよいでしょう。・・・かなり過激な発言ですが。

「音楽を技術的にマスターするだけでは充分ではない。いつか音楽家に再び言語を(中略)教え、そして同様に聴き手の教育もこうした言語を理解するまでに至ることができたとき初めて、現在の白痴美的な音楽行為や演奏会プログラムの単調さは、もはや受け入れられなくなるであろうと思うのである。(中略)そうなれば論理的帰結として、<娯楽音楽>と<まじめな音楽>の分離や、究極的には音楽と時代の分離も消えて、文化的生活は再びひとつの総合へと融け合うのである。」(訳書37頁5〜11行)

理想論的で観念論的であり、ここにはたとえば
・従来のラテン語典礼文に音楽を付け続けているペルトのような創作活動はどう評価すべきなのか
・第2次大戦で行き場を失った後期ロマン派音楽がアメリカ映画音楽に流出して今日に至ったという時事実をどう評価すべきであるか
などといったことは不問に付されているのですが、これはアーノンクールの論じたいことが、そうした「フロー」の問題についてではないことを了解し、先を読み進める上でも、読者側もしばらくは著者同様、「フロー」問題は不問に付さなければならないでしょう。
もしこの問題について再考の必要を感じるのであれば、まず、アーノンクールのいい分に、最後までなるべくこちらの主観を除去して接してみなければならないのかな、と思っております。

第4節からは、やや具体的な項目が扱い始められいています。
第4節は「記譜法の諸問題」です。

また、あらためて。

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