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2008年8月31日 (日)

モーツァルト:「ああ、私の思った通り--どこかへ消えておしまい」K.272

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。



ザルツブルクで8月に書かれた、ソプラノ用レシタティーヴォとアリア・カヴァティーナです。

チーナ=サンティという人の手になる歌劇用の台本「アンドロメダ」(全体はパイジェッロによってオペラ化されているとのことです)の第3幕第10場にある歌詞を用いた作品で、台本のストーリーが分かりませんから、どうしてこういう内容の歌詞になったのかの必然性も判然としませんが、歌詞の内容は、ペルセウスが自分を救ってくれると申し出たのに何らかの理由でそれを拒否した(と思われる)父親(台本中ではエウリステオという名前のようです。この伝説の登場者たちは星座になっているのですが、星座の上ではアンドロメダの父の名はケフェウス、母はカシオペアです。アンドロメダを襲うことになる怪獣は「くじら座」として、女神ヘーラーが星座にしてくれたことになっています)に対し、
・レシタティーヴォ部でアンドロメダはペルセウスへの同情と自分の身の上の嘆きを歌い
・父への怒りを語り始めるところで、感情が爆発してAllegroのアリアとなり
・アンダンテのカヴァテイーナに転じ、最後を再びAllegroでしめくくる、というものです。

作曲家ドゥシェクの妻であるソプラノ歌手ヨーゼファのために書かれたとのことです。
この夫妻との関係は、ザルツブルクのどこかにあったダンス場(もしくはダンス教室)のようなところで始まったもののようです。夫妻はプラハ在住でしたから、たまたまザルツブルクにやって来た時にでもモーツァルトと知り合ったのでしょうか。以後、モ−ツァルトとは終生の付き合いをして行くことになります。
ドゥシェク婦人ヨーゼファは優れた歌い手であったようで、マンハイムへ行ってからのモーツァルトは、おそらくは当時恋したアロイジアのために書いたであろう技巧的なコンサートアリアを「ドゥシェク婦人のために書いた」と父に偽って伝えていますし、ずっと後年にプラハで書いたK.528のレシタティーヴォとアリアも彼女のための作品です。

K.272は、モーツァルトがザルツブルクを離れマンハイムへ旅立つ前の、実質上最後の作品です。
自筆譜が残っていますが、1777年8月、とまでで、日にちは記されていない、とのことです。
レオポルトの残した記録によれば、同年9月29日には間違いなくこの作品はヨーゼファによって歌われたらしいことが、前日付けの書簡でレオポルトに対しドゥシェクから申し出があった旨(だと思うのですが)しるされていることから判明します。すでに、モーツァルトが母とザルツブルクを出立した後のことです。



ルチア・ポップは、私事で恐縮ですが、声の質が亡妻に似ていて(歌唱力は家内は到底ポップにはかないませんでしたが)、私は彼女の声でモーツァルトやその他の声楽作品を聴くのが好きです。

K.272は、劇的で長大な作品であり、内容も、その後のヴォルフガングの少年時代への訣別の精神を象徴するようなものです。
是非、ルチア・ポップの歌唱で、ご一緒にお聴き頂ければと存じます。

Licia Pop(Sop.)/Leopold hager/Mozarteum-Orchester Salzburg

PHILIPS "Complete Mozart Edition12" disc2


1777年作説もある歌曲は、早くても、旅立ったモーツァルトが第1の目的地であるミュンヘンについてから、しかし内容的にはどうしてもアロイジアへの恋の影響を想像させるものがあるので、もしかしたらマンハイムに滞在中の作品であり、アリアとは性質も違いますので、別途採り上げることと致します。

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コメント

ブラボー!!ドラマチックな起伏のある素晴らしいアリアだなぁ!アインシュタインが「モーツァルトはこのアリア以上に大きな野心がこもり、強烈な劇的表現を備えているアリアをほとんど書いていない」浅井真男訳「その人間と作品」白水社 というのも頷ける。ああ しかし 美しい恋人よさらば!!

投稿: ランスロット | 2008年9月 4日 (木) 23時24分

ランスロットさん、ありがとうございます。
・・・名作ですよね。なぜこんな素晴らしいアリアが、しかも単独で、まだアロイジアにも出会っていないモーツァルトの手から生み出されたのでしょうね?

「進化しすぎた脳」(講談社ブルーバックス)か「錯覚する脳」(筑摩書房)という本に記されていたと思うのですが、時間的スケールははるかに短いものの、イメージ(最近「クオリア」と呼ばれているもの)は、脳がまず動いた後から形成されるのだそうです。
「さあ、これに取りかかるために手を動かそう」と<思った>時には、実は脳はもう事前に、手を動かす信号を発信しているのだそうで。。。

投稿: ken | 2008年9月 5日 (金) 23時51分

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