« 「フルトヴェングラーの手紙」 | トップページ | ここに「ホンモノ」がある »

2008年7月25日 (金)

利用されてきたベートーヴェン?

L4WBanner20080616a.jpg

クラシックCD検索に便利!バナーをクリックして下さい!

私の所属します東京ムジークフローの第45回定期演奏会の演奏をアップしました。忌憚なくご批評頂き、少しでもよい演奏をするヒントを頂ければ幸いに存じます。

「帝国のオーケストラ」を見た後、「フルトヴェングラーの手紙」を読み返すこととは全く別に、強く印象付けられたことがありました。
本日は、その主観的な感慨を綴ってお茶を濁します。
(他の準備が整っておりませんので。)


「帝国のオーケストラ」の冒頭は、不安げに静止した音と共に始まります。
「これ、一体なんの音だ? 高さは・・・Cか?」
・・・ドキドキしてその正体が現れるのを待っていると、これがなんと、ベートーヴェンの第5の、第三楽章から第四楽章へのつなぎの部分だということが分かります。ヴァイオリンが動き出すことで分かるのです。・・・それまでの間、本当は運命の動機を叩きつづけているはずのティンパニを、おそらくわざと絞って、聞こえないようにしておく。

そうか、「第5」のこの部分は、こんなに<不安>な音楽なのか、ということを、久しぶりに思い知らされました。ずっと聞きなれてしまっていたために、この部分だけ採り上げられたときの、この部分に込められた「音楽の意味」を、平気で忘れ去っていたのですね。

ナチがワーグナーの音楽を大々的に活用したのは周知の事実です。ワーグナーの音楽には、一種の催眠効果があるからでしょう。かつ、ワーグナーが反ユダヤ感情を持っていたこともよく知られていますから、ナチにはワーグナーを利用する上で、そのことも好都合でもあったわけです。

・・・ですが、「帝国のオーケストラ」に登場するワーグナーの作品は、「マイスタージンガー」前奏曲だけです。

他はR.シュトラウスの「ティル」を除けば、大きくクローズアップされるのはベートーヴェンの交響曲ばかりです。
それも、<第九>、<第五>、<エロイカ>に限られている(空襲で廃墟になったベルリンを映し出すときに第七の第2楽章が少し流れますが)というのは、非常に象徴的であるという印象を受けました。
とくに、<第九>の登場が最も多い。



生前のベートーヴェンが、まだ「第九」の作曲前にインタヴューを受けて
「あなたの最高傑作は<第五>だと思っていらっしゃいますか?」
「否、否、エロイカ!」
と即答した話を伝記で読んだ記憶があります。たしか、有名なエピソードでしたね。
ですから、彼の在世中は、<エロイカ>と<第五>が、聴衆にも結構知られていた上に、敬意も持たれていた事が分かります。ただ、どんな意味合いでこれらが聴衆にアピールしていたのかまでは分かりません。
ベートーヴェンの政治的価値観から(それのみから、とは思いませんが)生まれたことが明らかなのは<エロイカ>で、これが当初ナポレオンに献呈されるはずだった、という話も、よく知られています。ですが、<エロイカ>の仮初演の聴き手はロプコヴィッツ伯などの貴族層であって、必ずしもフランス革命に共鳴していたとは限らないはずです。なるほど、啓蒙思想かぶれの上流階級層が多かったことは間違いありません。

<第五>の方になると、その初演時、指揮に夢中になったベートーヴェンが、譜面を照らすために彼の脇に燭台を持って立っていた少年をぶっとばしてしまった、という笑い話しか残っていない。どういう点が当時の聴衆に好まれたのかは、具体的な同年代の話としては、何もないのでしたよね。

ベートーヴェンの生前に「政治的」に利用された・・・とまでは言わないまでも、政治的意味合いを持って演奏された交響曲は、「戦争交響曲(ウェリントンの勝利)」と同日に初演された<第七>くらいではないかと思います。それも、聴衆にとってみれば「戦争交響曲」の添え物的扱いで、<第七>そのものに「政治的」意味合いが見出されたわけではなかったと記憶しています。

<第九>に至っては、初演当日は盛況だったものの、翌日からはお客も激減、興行的には失敗作でした。
そんな<第九>に、初めて本当の光を当てたのは、フランス人たち・・・嚆矢はアブネックでした。
ずっと後年になりますが、ロマン・ロランが、この作品については単独の著作(「第九交響曲」みすず書房、絶版)を著しています。・・・この著作、併せて「ベートーヴェンの生涯」で、ロマン・ロランが、ベートーヴェンを最終的に「自由の象徴者」にまで昇華させたのでした。20世紀中ののベートーヴェンおよび<第九>の「社会的位置付け」を決定付けたのは、このフランスの作家だったことは、知っておかなければならないでしょう。

フランスで高く評価されることになった<第九>に目をつけたのがワーグナーだった、と、歴史を誤認していなければ、私の記憶ではそんな具合です。ただし、ワーグナーが<第九>に見出した価値は、ロマン・ロランのものとは違いました。「革命への意思」とでもいうものを、これは私の独断ですが、ワーグナーは自分の中の夢想と一緒くたに重ね合わせてしまったのではないかと感じられてなりません。

このワーグナーの<第九>評価が、ワーグナー家と親しく出入りすることになったヒトラーの「価値観」にもなってしまったのではないでしょうか? ヒトラーのしたことも、現象としては一種の「革命」であったのは間違いありませんから。・・・ただ、そこには「自由」という概念が欠如していました。ワーグナーの革命思想にも、突き詰めて観察すると、同傾向の欠如が認められます。



ハーケンクロイツを両脇に飾ったステージでフルトヴェングラーが<第九>を真剣に振っている映像は、ある種の強い衝撃を受けぬままにみることが出来ません。
それというのも、ベルリン陥落以前に限らず、ナチ時代にフルトヴェングラーが演奏した<第九>は比較的多くの録音が残されているうえに、録音だけを聴いていると「ハーケンクロイツ」がそこにダブることはありませんから、
「名演だ!」
のひとことで片付けてしまうことになります。
映像で見てしまうと・・・そこには、フルトヴェングラーが自身の書簡の中で(第九に特定しているわけではありませんが)再三述べている、「音楽と政治はまったく別のものだ」という見解は、「まったく記録されていない」ことに、あらためて深く溜息をつくほかありません。

第二次大戦後の、フルトヴェングラー指揮による<第九>もまた、決して少なくない数の演奏の記録、録音が存在します。しかし、少なくとも、手軽にみることの出来る映像はありません。

「帝国のオーケストラ」は、そんなフルトヴェングラーの、真の鎮魂のためにも、是非耳を傾けるべき証言に溢れています。
「音楽と政治はまったく別のものだ」
そうした信念が、ハーケンクロイツの前で演奏せざるを得なかった音楽家達に共通のものであったことを、私たちは是非知っておく必要があると感じております。

その後、「ベルリンの壁」崩壊時にも、チェコのソ連からの自立達成時にも、<第九>は、やはりある種の政治的意味合いを持たされて演奏された、と捉えてよいと思います。

それが、本当に感動的な演奏だった、と・・・興奮が冷めた今も信じていて良いのでしょうか?

私は、どうも、何か違うんじゃないか、という気がし始めてきました。

|

« 「フルトヴェングラーの手紙」 | トップページ | ここに「ホンモノ」がある »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 利用されてきたベートーヴェン?:

« 「フルトヴェングラーの手紙」 | トップページ | ここに「ホンモノ」がある »