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2008年7月14日 (月)

ベルリンフィル時代のチェリビダッケ(5)

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旧ブログも復旧しました。一部音声ファイルが聞けませんが、記事は全部残っております(いくつか、障害を起こしやすいものだけ削除したり改変を行ないましたが)。大変ご心配をおかけしました。
初期チェリビダッケの録音、1枚目は古典、2枚目はロマン派、3枚目・4枚目はブラームス、5枚目・6枚目はチャイコフスキーでした。

7枚目の収録曲は、ちょっと特徴的です。・・・iPodに取り込めなかったので危ぶみましたが、プレーヤーでは聞くことが出来ました。

1)ドビュッシー:「海」全曲
2)ドビュッシー:バレエ音楽「遊戯」(ドビュッシー作品の中で最も前衛的なものです)
3)ブゾーニ:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35a(1897)

ブゾーニでのソリストはジークフリート・ボリスSiegfried Borriesで、当時ベルリンフィルのコンサートマスターだった人のはずです。・・・どちらかというとカラヤンにべったりだった人で、1941年には自分を高く評価して長い間ベルリンフィルのコンサートマスターとしてくれていたフルトヴェングラーから「寝返って(?)」カラヤン傘下のベルリン国立歌劇場の方へ移籍していましたが、第2次大戦終了と共にベルリンフィルに復帰しています。(さっき経歴を調べるまでそういう先入観は無かったのですが、音の取り方に「器用な」ヴァイオリニストにありがちのクセがあって、安定感を欠くヴァイオリンを弾く人だなあ、と思っていました。調べてしまって、ちょっと「嫌い度」が上がっちゃったかな。調べない方が良かったかも・・・)

1994年に映像収録されたラヴェルとドビュッシーの管弦楽作品(ミュンヘンフィル)の出来が素晴らしいことなどからも、チェリビダッケがフランス音楽に深い理解を示していたことは明確です。ですが、まさかベルリンフィル相手に既に1947年にドビュッシーの名演を残しているとは想像もしていませんでした。ステレオ時代になってからの、フランスの名指揮者・名オーケストラによるドビュッシーやラヴェルが最高だと信じきって止まなかった私には、今回接したチェリビダッケの初期録音の中に、むしろそれらを凌ぐ「海」や「遊戯」の演奏が埋もれているとは、想像もしていませんでした。
「海」はともかくとして、「遊戯」がこれほど明確なストーリーで耳に迫ってくる演奏というものには、初めて接した気がします。「遊戯」は、ストラヴィンスキーの「春の祭典」と同じ年に、同じロシア・バレエ団(ニジンスキー主宰)の注文で書かれた作品でありながら、「春の祭典」に比べると構成要素が複雑です。・・・音色旋律の元祖と言えばウェーベルン、と思いがちですが、ドビュッシーに比べると、ウェーベルンの方が分かりやすい。ウェーベルンは「単体としての音色旋律」を追いかけた、集約度の高い、したがって演奏時間も1分に満たないような管弦楽曲を作りました。最初はむずかしく聞こえても、丁寧に追いかけて聴けば、ウェーベルンの方は「俳句」のように理解することが可能です。ドビュッシーが「遊戯」のなかで試みた「音色旋律」は、まず構成要素ひとつひとつがウェーベルンに比べると遥かに長くて、指揮者にとっては、それがどこで他の音色に転換するのかが非常につかみにくい。しかも、一度に現れるのがひとつではなく、複数の要素になっている。現代の演奏でも、それをきちんと読み取ってなされているものは殆どないのではないでしょうか? 少なくとも私は出会ったことがありません。それほどの難曲ですから、ドビュッシーの管弦楽作品の中でも(演奏者には)不人気で、録音数も少ないはずです。それが、チェリビダッケの47年の演奏では、ナンのむずかしさも感じさせずに聴けてしまう。これは驚嘆に値します。
そこからまた「海」の方へと戻って聴いてみると、やはり、私が愛聴して来たどんなフランスの「名演」も、ドビュッシーがスコアに描いたはずの「波のうねりや水面の煌めき」(スコアだけを眺めていると、「ああ、たしかにドビュッシーはそういうことまでかき込んでいるなあ。でも、音にするのは大変なんだろうなあ」と思ってしまうのです)が、やはりチェリビダッケの47年盤で、しかも、モノラルであるにも関わらず、とても鮮やかに聞こえてくる。それはまちがいなく、海を目の前にできない哀しみにくれながら貝殻に耳を当てた時に聞こえる「海の音」。

ブゾーニのヴァイオリン協奏曲自体は、聞きやすいと言えば聞きやすい作品ですが、独奏者の問題もあるでしょうし、作品もブラームスとブルッフを足して2で割ったような通俗臭が強く、名曲とは言えない印象でした。ですが、この時期(1949年)にブゾーニを取り上げていること自体に、チェリビダッケの強烈な意志があります。ブゾーニの作品は、ブゾーニが1920年に死去すると、急速に無視され、聴衆には忘れ去られていました。彼の作品群が復活の兆しを見せるのは1980年代に入ってからだそうです。そうしたことが背景にあることに思いを致しながら聞くべきでしょう。

8枚目は、チェリビダッケと同時代の作曲家たちのものが取り上げられています。



今日の面白リンクは、こちら。最初のYouTubeの映像を見て下さい!・・・こんなふうな雰囲気で「威風堂々」第1番が演奏出来たら、楽しいなあ!

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