2018年4月15日 (日)

【読書・鑑賞案内】バロックのビッグバンド〜合奏協奏曲〜レパートリーを広げるヒント(4)

現役生の皆様、ご入学ご進級はご無事に果たせましたでしょうか? 4年生は就活順調ですか?

なんか考えていたより小難しくなってしまったこともあり、今回の場合、そもそもコンチェルトって何なのよ、で躓いちゃったこともあり、あいだがだいぶ空きました。

盛りだくさんになりますが、YouTubeからいろいろ埋め込んでおきますので、下手な文章は無視して楽しんでもらえたら嬉しいです。

さて。

シンフォニーだのコンチェルトだのソナタだの、って、ルネサンスからバロックの時代に頻繁に使われるようになった言葉で、しかも今は器楽だと思っているこれらが、最初に歴史に現われた頃はみんな声楽だった(ソナタは違いますけど)、っていうのが、もう、涙なくしては語れない事実です。

結局、上の全部の言葉の由来や歴史に明快な答えを与えてくれるのは、1月13日に紹介した金沢正剛(まさかた)さんのご著書くらいでした。音楽史の本って、時代順に書くことが使命だったり、ある時代からあとしか詳しく書いてなかったり、ですから、おおきな視野を手っ取り早く得たいときには困るんですよね。
金澤さんの『新版 古楽のすすめ』(音楽之友社 オルフェ・ライブラリー 2,400円+消費税)は、18世紀までについてではありますけれど、もし古いヨーロッパ音楽の全体像をつかみたいと思っているのでしたら、いちばん良い本です。文庫本ではないので迷っていますが、外せない気がしますので、いずれ紹介します。

で、余計な前ふりをしてしまいましたけれど、今日のお題は「コンチェルト」だけです。
ただし、ピアノコンチェルトとかヴァイオリンコンチェルトみたいな、ソロコンチェルトの話はしません(なので、ヴィヴァルディはとりあげません)。歴史的な話も深入りしないようにしておきましょうね。

弦楽合奏にはロマン派の弦楽セレナーデなどにとても良い作品も豊富にあります(Oさんが大好きなチャイコフスキーのものもそうですね)が、私たちアマチュアのでは、初歩で演奏する教材に近い作品を除くと、バロック期の「合奏協奏曲 コンチェルト・グロッソ」と呼ばれるものが主なレパートリーになる傾向があります。
けれども案外、選ばれる作曲家はコレルリに限られるのではないでしょうか。しかも、コレルリの12曲ある合奏協奏曲のなかから、8作目のクリスマス・コンチェルトが演奏される以外、あと数作品が選ばれる程度で、全部やった、なんて人は、もしかしたらいないんじゃないか、と思います。

そもそもコンチェルトと呼ばれている曲種は、元は声楽と器楽が一緒になった合奏曲を指していたのだそうです。耳にしやすいものとしては、ガブリエリやモンテヴェルディに師事したドイツの大音楽家、ハインリヒ・シュッツによる「クライネ・ガイストリヒ・コンチェルト」があります。
シュッツの作品なども、器楽の、言ってみれば伴奏に対して、歌が華やかに活躍するのを聴き取れます。想像に過ぎませんが、コンチェルトで活躍する独奏は、そうした華やかな歌を引き継いだものだった気がします。ただ、シュッツの作品では2声の歌が掛け合ったり歩み寄ったりはしますが、歌と器楽の交代のようなものは特にないかと思います。

こうしたものをヴァイオリン2丁と鍵盤楽器でやってみるのも面白そうですね・・・合奏にならないか。

こういう掛け合いが、器楽同士の中で行われるようになり、それが「コンチェルト」という曲種になったのは、(先駆者はいて・・・合奏協奏曲の創始者はストラデッラだった、というのが通説です)コレルリのおかげです。そして、コレルリが書いたもので、出版されて残ったのは、「コンチェルト・グロッソ 合奏協奏曲」です。
元は歌の役割だった(?)華やかさは、コレルリのコンチェルトの中では、きらきらと現れるソロ(コンチェルティーノと呼ばれています)が果しています。それでもコレルリのコンチェルトの中でのソロは基本的に合奏(リピエーノと呼ばれています)と対等で、かつ独りだけではなかったりするので、私たちがコンチェルトの名前でイメージしがちな、独奏が主役、みたいなところはありません。ジャズのビッグバンドでサックスが、次にはトランペットが、と、スタンドプレイが繰り広げられる感触に似ているところがあります。
もう少し発展的ではありますが、デューク・エリントン “It don’t mean a thing” を聴いてみて下さい。

で、コレルリ。12番は、知ってます?
これ、途中で切れちゃうんですけど。

どうです?
え? 違いますか(笑)
シュッツの作品のほうが近いかな(笑)(笑)

名人のソロが入ってビックリ、みたいなのもいいんですけど、音楽でのコミュニケーションの点では、スタンドプレイが決してみんなから逸れていかないコンチェルト・グロッソのほうが、僕なんかは面白いと思っています。

それで、せっかくなので、コレルリ以外の作者にも興味を持ってもらえたらいいなあ、と願ってもいます。

有名な、といっても、古典音楽に触れ始めたばっかりの人ではまだ知らないかな、と思いますが、アレッサンドロ・スカルラッティという人にも素敵な合奏協奏曲があります。「六つの合奏協奏曲集」の最初のヘ短調などは、是非知っておいてもらいたい作品です。

コレルリが亡くなる3年前に生まれたジェミニアーニという人には、コレルリの有名なヴァイオリンソナタ「ラ・フォリア」をコンチェルト・グロッソに仕立てなおした作品もあります。

僕らが学生の頃には、ペルゴレージの合奏協奏曲と伝えられています、という面白い作品群もやったのでしたが、いまはそのほとんどがニセモノだと判明して、さてどんな作品だったか、楽譜も録音も見当たらず、分からなくなってしまいました。

その他に、今回探したら、ジュセッペ・サンマルティーニという人のコンチェルト・グロッソなんかも出てきました。有名なほうのサンマルティーニはジョヴァンニ・バティスタ・サンマルティーニさんで、ジュセッペさんはそのお兄さんだそうです。

有名な作者だとヘンデルにもコンチェルト・グロッソがありますが、ヘンデルは若い頃イタリアでも活躍していました。コンチェルト・グロッソは、イタリアが生んだ、かつイタリアを出なかったジャンルなのかなあ。

コンチェルト・グロッソではなく、弦楽のためのソナタなのですが、ストラヴィンスキーのバレー音楽『プルチネルラ』は伝ペルゴレージの作品を編曲したもので構成されています。そのオリジナル、これが実はペルゴレージの作品ではないものがほとんどなのですが、ドメニコ・ガロによるそのオリジナルなども、大変に良い曲です。(ただしヴィオラが含まれません。)

こちらが、ストラヴィンスキーによる編曲。ストラヴィンスキーの指揮した映像も残っているのですが、YouTubeでは見つけ損ねました。

いわゆる無名子の作品にも、こうした面白いものが豊富にあるはずです。
まずは作品を、それが気に入ったら楽譜を、どうぞ探してみて下さい。

ではでは、コンチェルトについては、こんなところで。

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2018年3月12日 (月)

【3月21日】水曜日のクラシック(原宿にて)

Namida おっさんだから、おっさん臭くしか言えませんけど。

ここ数年、限られた範囲ではありますが、二十代の若い音楽家さん達とも巡り会えて、楽しみな方が多く、心強く思っております。
作曲、歌、ピアノ、チェロ、等々、どなたも拝聴して、伸び伸びとして豊かな成果をご披露下さって、いろんなことのある世の中かもしれないけれど、こと音楽に関しては、決して悪い時代じゃないかもな、と感じます。

流れとして、ひとつには、たくさんの先輩たちが築いて来られた組織に連なって頑張っていこうというかたもいらっしゃる一方、自分で主催して自分で「みせたい」ものをみせる方向に進むかたたちもいらっしゃいます。

後者のかたたちのほうに、私はどうも興味をひかれやすいようです。

人の紹介で「ほう」と思ったのが、今回ちょっと記させて頂く、ギターの五十嵐紅(こう)さんです。

まだいちども実際に拝聴していないのですが、五十嵐さん、2016年から原宿で

水曜日のクラシック

を主催、多様な楽器のかたと共演なさり続けているのですね。

共演したひとたちとの対談をHPに載せていらして、これがまた、二十代のひとたちの感性を、ふうわり、と味わうのに、とてもいい。

ちょっと無断転載します。

Vol.1
・紅さんはなんでクラシックギターはじめたんですか?
​・6歳くらいの時、サンタさんがちっちゃいアコギ持ってきてくれたの。クラシックギターの教本付きで。(笑)」
・そのまま中学生くらいになって「あれ、なんかみんなと違うギターだ」って。

Vol.7
・ちなみにこないだバンジージャンプをしたらしいけど、どうして?(笑)
・バンジーは師匠の奥様に、ここぞって時に力が出なかったりビビっちゃうことを指摘されて、行くかって。(笑)
・なんか変わった?
・変わった!(笑) なんか色々小さいなって思った。(笑)
・僕も飛んでこようかな。

ほんとは、彼ら彼女たちが音楽をどう感じながら、それをお仕事にしていこうとしているか、が豊かに話されているんですが、こんなのを拾ってしまいました。
なかなか楽しいです。
二つだけで、もったいないんですけど・・・
https://www.koh-guitar.com/wedb

昨年3月の演奏に際して作ったCM、なかなか質が高いと思います。

こんな「水曜日のクラシック」ですが、3月21日(水・祝日)に

Vol.17「涙の音楽」

というのをなさるそうです。

19:00〜(18:30open)
会場:hall60(原宿駅表参道口より徒歩6分)
チケット(前売)一般 3,000円/ペア 5,500円
ネット購入 http://shop.koh-guitar.com/categories/917147

ソプラノ:田村幸代
チェロ:矢口里菜子
ギター:五十嵐紅

《演奏予定》
ダウランド:流れよ我が涙よ
ヘンデル:私を泣かせてください
タレガ:ラグリマ
オッフェンバック:ジャクリーヌの涙
ムソルグスキー:涙
ほか

http://50gt.blogspot.jp/2018/02/blog-post_27.html

うまく都合が合うなら出掛けてみようかな・・・

Hall60

五十嵐さんのプロフィールはこちら。
https://www.koh-guitar.com/about

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2018年3月10日 (土)

修辞を聴く(とりとめもなく)

2月24日、大井浩明さんの今シーズンPOC(#36)が無事に完結しました。
最終回は大井さんと同世代の作曲家さんたちの特集で、ほとんどのかたもご臨席で、楽しい、良い会でした。

Poc2017 POCのことが最近何も言えていなかったので、ちょっとだけでも駄弁を弄したい、と思っていましたが、ずいぶん間が空いてしまいました。

いつも言うのですが、私は大井浩明さんという音楽家との出会いがなければ、たぶん一生、人が前衛音楽と呼んでいるものを耳にすることはなかったでしょう。そしてまた、そうした音楽に携わる人、そういう音楽を良くお分かりの人たちとお会いすることも、皆様にお教えを受けることもなかったでしょう。

しかも、ですよ。

なんべん聴きにいっても、私には前衛音楽というものは分かりません。

でも、たとえば古典だってバロックだって中世の音楽だって、「分かるの?」と聴かれたら、私は結局、分かっているわけではない。ただ聞き慣れているというに過ぎないのです。調べれば少しは分かるか、と思って、楽譜をひっくりかえしたり(五線譜の、そんなに複雑じゃないものが、辛うじて読める程度ですが)、本を読んだり、御託を並べたりしていますけど、どこまでいっても、「面白い」という感覚以上のところには届いた気がしない。

前衛ものも、聴かせて頂き始めて、一生懸命ものを読んだりしてみました。すると「数学がどうの」なんてものもある。そういうのは、音を聴いても私には理屈と比べることが出来ないので、ああ、やっぱり分からない、と言うしかない。もう、まわりの人たちのお話にも、全然ついていけません。

それでも、面白いものは面白いのです。

なんだか分かんねぇけど面白ぇや、というだけが、毎年・・・ベートーヴェンのソナタのチクルスなんかが中心でPOCではない年もありましたけれど・・・通い詰めた理由でしたし、動機でした。

岡田暁生さんが最近『クラシック音楽とは何か』というエッセイ集みたいな本を出され、読みました。
岡田さんはリヒャルト・シュトラウスの「薔薇の騎士」を論じたものを拝読して以来尊敬する音楽学者さんですが、こと西洋音楽史に関しては「ストラヴィンスキーでおしまい」と断言なさっている気がして、それがちょっと気に入りませんでした。
そうではない、岡田さんが終わったとおっしゃっているのは「ロマン派まで連綿と続いて来た『クラシック音楽』」なのだ、ということが、今回はよく分かって、他もすべて、世代の近い者には「そのとおりだ」と頷けることばかりで、この本、ちょっと嬉しく読んだのでした。
前衛音楽と言うと、「分かる奴だけ分がればいい」みたいなものだ、と断言するかたが多い中、岡田さんの表現は(同工異曲ではあるものの)きちんと具体的です。長いですけど引きます。

「『音楽は自己表現だ』という理念のもと、ロマン派の十九世紀は百花繚乱の個性を誇った時代であった。こうした『独創性』の追求がエスカレートしすぎた結果が、いわゆる現代音楽だと言えなくもないのである。多くの二〇世紀の前衛作曲家たちを特徴づけているのは、いわば他の誰かと似ていることに対する過剰な恐怖である。そして『誰にも似ていないこと』の探求が、ひとりよがりと紙一重のところにあることは、言うまでもあるまい。/現代音楽のもう一つの特徴は、大衆音楽に対する強い敵意であろう。(中略)たとえ一般聴衆の無理解にさらされようとも、【ヨーロッパのクラシック音楽がもともと教会や貴族〜ブルジョアの娯楽であったという】こうした伝統的なクラシック音楽のエリート性になおこだわり続けようとする、それが現代音楽である。現代音楽にエリート的な高踏主義とアングラ性が同居しているのは、このあたりに起因しているものと思われる。」(『クラシック音楽とは何か』p.38-39)

岡田さんがこの文章の中で「現代音楽」と呼んでいるのは、「前衛音楽」のことです。
大なり小なり、私自身や、私と同世代より上の一般聴衆(作曲や演奏の専門家でない人)の前衛音楽理解は、ほぼ岡田さんの捉え方通りだと思います。
ですから、それに対して、いや違う、みたいな話はしませんし、私に出来るものでもありません。

・・・と言いつつ、「いやそこはもう少し」の無駄口をたたくことが今回の趣旨です。

前衛音楽ってこんな感じよね、と言われながら、言われることを重々承知しながら、それでも前衛と呼ばれるような音楽を産み出し続けている人たちが、決して少ないとは言えない数で居続ける。

面白いことではないでしょうか?

そのかたたちの狙いがなんなのか、これまた、正直に打ち明ければ、私に分かるとはちっとも言えない。プログラムには皆さん一生懸命面白く「こうですよ」と敵意なしに(!)説明して下さっているから、それをガイドに聴くのです。(できればもうちょっと簡単に分かるようだとウレシイですけど、ツウなお客さんには嬉しくないんだろうな。)

まあともあれ、そうすると・・・
分かんねぇけど、響いてくるんですよ。
綺麗な音、汚い音、やかましい音、なだらかな音。百花繚乱です。

いいんでないかい?

美術や音楽がフォーマルではなくなった背景には、ほんとうは伝統の修辞(修辞学にまとめられたもの)が、長い歴史の中では想像もしえなかった社会の流動化で、もう役目を果たせなくなったという側面があります。「独創性」の追求というものの裏を返したら、そうでしょう?
「誰にも似ていないこと」
が、ほんとうの狙いか、というと、それはちょっと違う気がするのです。

修辞学については、ロラン・バルトという人が、伝統を彼の小著で結晶させているのを、迂闊な私は最近知ったのですが(『旧修辞学』)、これはまた修辞学の「死」を巡ってのメモ集だ、という点を見落としてはならない、と心底思いました。
小難しいのですが大事だと感じるので、最後の部分を引きます。(修辞学は本来は古代ローマの法廷弁論のために整理されたことに始まる、そしてそれはまた中世〜近代には、文学に限らず、音楽を学ぶ場合も、同時に学ばれた、的な理解をしておく必要があって、それ抜きではロラン・バルトの次の言葉はピンと来にくいようではありますが、端折ります。)

「金銭の、所有権の、階級間の露骨な争いが、国家の法律によって、引き受けられ、抑制され、飼い馴らされ、維持されたところに、制度が偽装された言葉を規則化し、能記のあらゆる援用を法典化したところに、われわれの文学は生まれたのである。だからこそ、『修辞学』を、もっぱら、ただ単に歴史的な対象の地位におとしめること、テクストの、エクリチュールの名の下に、言語活動の新しい実践を要求すること、そして、革命的な科学から絶対に離れないことが、唯一の、かつ一貫した作業となるのである。」(バルト、沢崎浩平訳 p.158)

前衛音楽もバルトのこの発想と同じ延長のもとにあると考えるならば・・・このあたりが岡田さんの言う「高踏的」でも「アングラ」でもあるのでしょう・・・、私たちは、前衛、と言い古されている、もしかしたらしかしそこから抜け出そうとしている、新しい響きの中に、新しい「修辞」を聴き取っていくべきなのではないか、と、私はどうも、そのように思っているらしい。
「こうも言えるんじゃないの?」
「伝達がすべてではないかもね」
「いや、そうではなくて、伝達の裏にあるものを引きはがして見えてくるものがあるじゃない」
「ああ、なるほど」
みたいな、それとはまた違うみたいな、体系づけることで私たちが目をつぶり耳を塞いで来たこと、それをたくさん明らかにしてみること、みたいな・・・人はほんとうは混乱の中の生きものであること、そうした私たちの「素(す)」を、思いがけず知らされる驚き。

再体系化してはいないがゆえの面白さ。

それらが「高踏的」ではなく「アングラ」・・・ではあるかもしれない?な展開で繰り広げられていることに、分かろうとか分からないとかではなく、鳴っている・鳴っていない、音の連なり、言葉と似て非なるなにものかに、少し身構えずに耳を傾けることは、案外楽しいことなのではないでしょうか。

こんな素人耳で、いま作られている、ちょっと一般受けしなさそうなものたちのなかに、それに傾けられる耳たちの中に、ああ、もうちょっと多くの素人仲間がいてくれたらなあ、と。

私はいま願っています。

・・・もう、歌の文句みたいだわ。んでもって、わけわかんないや(笑)

POC 2018年2月24日のプログラム

●原田敬子(1968- ):《NACH BACH》(2004、全24曲・通奏初演)
●山口恭子(1969- ):《zwölf》(2001、日本初演)
●望月京(1969-):《メビウス・リング》(2003)
●田村文生(1968- ):《きんこんかん》(2011、委嘱作・東京初演)
●山路敦司(1968- ):《通俗歌曲と舞曲 第一集》(2011、委嘱作・東京初演) ●木下正道(1969- ):《「すべて」の執拗さのなかで、ついに再び「無」になること II 》(2011)
●西風満紀子(1968- ):《wander-piano II (harmony go!) 》(2015、日本初演) 
●夏田昌和(1968- ):《ガムラフォニー II》(2009)、《センターポジション》(2018、委嘱新作初演)
●伊藤謙一郎(1968- ):《アエストゥス》(2018、委嘱新作初演
https://ooipiano.exblog.jp/29087727/

大井さん次回は
【特別公演】 フェルドマン全ピアノ曲総攬・完結編

2018年4月15日(日)午後2時半開演(午後2時開場) 全自由席3000円 
えびらホール (品川区/東急旗の台駅より徒歩6分)
[要・事前予約] feldman2018☆yahoo.co.jp
【演奏曲目】
●モートン・フェルドマン(1926-1987):《三和音の記憶(トライアディック・メモリーズ)》(1981) 約80分
●上野耕路(1960- ):《Volga Nights(たらこたらこたらこパラフレーズ)》(2018、委嘱新作・世界初演) 約10分
●モートン・フェルドマン:《バニタ・マーカスのために》(1985) 約70分
https://ooipiano.exblog.jp/29351349/

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2018年3月 8日 (木)

【読書・鑑賞案内】気分だけでも華やかに?〜「序曲」と呼ばれた組曲〜レパートリーを広げるヒント(3)

日本のサラリーマンにはゴルフが必須だったように、ベルサイユ宮殿に集まる貴族たちにはダンスが欠かせませんでした。ベルサイユ宮殿で祝賀の行事が催されるたび、大規模な舞踏会が催されたのでしたが、ベルサイユ宮殿の広間であっても、踊れるスペースはそう広くはなかったらしく、あるときには300人を超える出席者を前に23のカップルだけが踊って、大半の出席者は踊れなかったようです。
踊るのは身分の高い順、トップバッターは王と王妃で、王妃は次に身分の高い男性ともう一度踊り、この男性はまた、次に身分の高い女性と、というふうに、踊る人はみな二度ずつ踊ったとのことです。巧みな踊り手は賞賛される一方、せっかくお披露目の機会を得ても、一度惨めな失敗をすると、その後長いこと周りの人に嘲笑われ、大変な屈辱を味わったもののようです。(浜中康子『栄華のバロックダンス』p.13-19参照 音楽之友社 2001年)
・・・私なんかも初めてゴルフをさせられたとき空振りの連続で大いに笑をとってしまったものですから、それきりもうゴルフをやろうだなんて気は起こしませんでしたけれど。

17世紀後半〜18世紀、ヨーロッパの宮廷として最も華やかだったベルサイユでも、かく手狭だったのだそうですから、ドイツ辺りはどうだったのでしょう?

さらに重ねて、フランスでは貴族たち自身が踊る舞踏会はもちろん、先に見て来たように、バレとして演じられる宮廷芸術としての踊りも大変愛好されました。オペラの序曲として用いられたウヴェルテュール Ouverture も、元は踊り手の入場のゆったりした音楽(アントレ)に速いテンポの舞曲が続いた形のものでした。
リュリの名声とともにドイツに移入したOuvertureは、オペラやバレの入口の音楽としてではなく、フランスでは「序曲」の役割を果たしたアントレ〜早い舞曲、に続けて数曲の舞曲が続くかたちで、沢山の作曲家に手がけられることとなりました。

バッハの有名な4つの「管弦楽組曲」も Ouverture と名付けられています。

こんにちではPartitaとかSuiteと呼ばれる音楽も「組曲」と訳されていますけれど、Suiteとなると、Ouvertureの序曲に相当する部分は含まれない、みたいな感覚で捉えられていたフシがありますし(「いくつかの”Ouverture”と”Suiten”からなる12の音楽的”Concert”」というタイトルの作品があったそうです。佐藤望『ドイツ・バロック器楽論』p.200参照 慶応義塾大学出版会 2005年)、Partitaは本来は「曲集」程度の中立的な意味で用いられたようです(同 p.10参照)。
「序曲と舞曲」の繋がりがOuvertureで総称される場合には、ドイツの音楽家達は、そこにフランスの風情を感じとっていたかと思われます。

ひとつの、あこがれだったんでしょうかね。

様式の話は難しいので深入りしませんが、このフランス的な風情を目指した作品としてのOuvertureは、独立した器楽作品としては、もっぱらドイツ圏で産み出されています。

たくさん作られているうちに、ドイツのOuvertureの、文字通りの「序曲」部分は、幅の広い最初の部分に次ぐテンポの速いところは舞曲ではなくフーガに変わってしまいました。1706年には既に、ニートという理論家の説明はこうなっています。
「”Ouverture”一般は、たいてい偶数拍子の16、20、24小節、あるいはときどきそれ以上の長さの部分で始まり、この部分が繰り返される。その後偶数拍子から3拍子あるいは(最初の部分より)快速な拍子に移る。その部分はフーガで継続される。このフーガは50から80、100小節かそれ以上である。最後には再び偶数拍で、最初の繰り返し部分よりさらに遅い拍子に入る。」(佐藤著 p.245)

バッハの管弦楽組曲4作はもちろん、文教大学室内楽の皆さんが演奏した経験のあるフックス(Johann Joseph Fux 1660-1741)のovertureも、テレマン(Georg Philipp Telemann 1681-1767)の「ドン・キホーテ」も、序曲の主部はフーガになっています。舞曲を伴わない、本来的な意味での序曲であるオラトリオ「メサイア」の序曲でも、ヘンデルは同じように主部をフーガに仕立て上げています。

Ouvertureの作例には優雅なものも豊富にあり、探してみたら面白いと思います。

北海沿岸のフリースラント出身で、ドイツ中央部のテューリンゲン方面で宮廷楽長をしていたというエルレバッハ(Philipp Heinrich Erlebach 1657-1714)のト短調のOuvertureは、主部はニートの説明通り3拍子ですが、フーガになってはいません。


I. Ouverture
II. Air Entree
III. Air Gavotte
IV. Air Menuet qui se joue alternativement avec le Trio - Air Trio
V. Air La Plainte
VI. Air Entree
VII. Air Gigue
VIII. Chaconne

Ouvertureの次にあらためてAir Entree(エア・アントレ)と入場の音楽が持って来てあるところ、実際には踊られた音楽ではなかったかも知れませんが、舞台を意識したのかなあ、と感じさせられます。

名前がまるでイタリアのものであるジュゼッペ・アントニオ・ブレシャネッロという人にもOuvertureの作例があります。この人はボローニャ出身ではありますが、ミュンヘンのバイエルン選帝侯のヴァイオリニストを皮切りにシュトゥットガルトでカペル・マイスターを務めた人です。この例では序曲主部はフーガです。

単にOuvertureとだけ称するものが断然多数を占めるのですけれど、興味深いのは、「ドン・キホーテ」同様、Ouverture一作でひとつの物語なり世界観を形作るものも見られることです。

本当はそうした例をなるべく拾って記事にしたかったのですが、タイミング悪くインフルエンザで寝込んで仕入れ作業が出来ませんでした。
ですので、手元にあるCDからだけご紹介をしておきます。

51fa6ze730l “Don Quixote in Hamburg”
Elbipolis Barockorchester Hamburg 2005年 RAUM KLANG

Amazon.jpで残念ながら「再入荷見込みがたっていない」と出てくるのですけれど、Naxosで聴けます。

http://ml.naxos.jp/album/RK2502D

これには標題的なOuvertureが4つ収められています。

うち2作がテレマンのもの、そのうちひとつが「ドン・キホーテ」で、もうひとつは「争い好き」というタイトルを持っています。
ほかにマッテゾン(1681-1764 ドイツの有名な音楽理論家で、ヘンデルと仲良しだった人)の「カスティーリャ・イ・レオン王エンリケ4世の秘密の事件」とかいうOuverture、コンティ(Francesco Bartolomeo Conti 1681-1732)の「シエラ・モレナのドン・キホーテ」というOuvertureです。
ただし、コンティの作品は、実はヒットした彼のオペラから編みなおされたOuvertureですから、ちょっと毛色が違います。なぜこのかたちでOuvertureが編まれているのか、私には経緯が突き止められません。とはいえこの人も、イタリア人でありながらハプスブルク家に雇われてウィーンで活躍した人ですから、こうなる必然性はあったのかも知れないなあ、と思います。このCDには、同じく「シエラ・モレナのドン・キホーテ」からバレエ音楽を6曲抜き出したものも収められています。
(”Don Chisciotte in Sierra Morena”で、YouTubeでオペラ全曲も検索することが出来ます。)

テレマンには「証券取引所」というOuvertureもあります。
http://tower.jp/item/4570887/

もう少しいろいろ見つけたかったのですが、今回は、こんなところですみません。

ともあれ、こうやって探していて思うのですけれど、ドイツでOuvertureを作った人たちは、実際の踊りはどれだけ見たのでしょうね・・・

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2018年3月 3日 (土)

【読書・鑑賞案内】オペラは踊る〜ラモー『優雅なインドの人々』〜レパートリーを広げるヒント(2)

綴ったものを読み返すと、
「長くて面倒くせぇなぁ、もっと分かりやすく出来んのかい」
と、自分で自分にがっかりします。

ともあれ、フランスのコメディ・バレからは、一つの場面についてまとまった器楽合奏(アンテルメード)を抜き出せることを見てもらいました。その延長の話になります。

アンテルメードはフランスではディヴェルティスマンとしてオペラに引き継がれて行きます。すでにコメディ・バレでもそうではあったのですが、幕間劇的要素は失せて、文字通り気晴らし的要素が高くなっています。

Lemaladeimaginarie 実質、最初の立役者と言っていいリュリは、この前は悪いことはあんまり言いませんでしたけれど、やっぱり悪い人で、太陽王ルイ14世の寵愛を笠に着て、
「王立音楽アカデミーに於いては、今後リュリの許可なしに、2つ以上の歌、2人以上の楽器奏者を用いてはならない」
みたいな禁令の勅許を得てふんぞりかえりました。
これが直接にはリュリとモリエールの訣別につながり、モリエールは王から勅許の撤回を取り付けると、もはやリュリの協力は仰がず、アンテルメードの作曲者には当時二十代のシャルパンティエを起用して『病は気から』を上演しましたが、その上演の最中にモリエールは亡くなってしまい、残されたコメディ・フランセーズのメンバーはリュリの課してくる制限(王立音楽アカデミー以外での歌い手は2人、ヴァイオリン奏者は6人以下)と悪戦苦闘することになります。
https://www.amazon.co.jp/dp/B071KWQW5H/

リュリのとんでもないこんな独占欲からすると、フランスの劇場は一気に衰えたのではないか、と想像してしまいますが、そうはなりませんでした。

リュリは悪い人でしたが、才能が、ずば抜けていました。

彼の音楽悲劇は「王のオペラ」と呼ばれるとおり、ギリシャ神話や中世の伝説を素材に、王の権力を賛美するものがもっぱらではありました。
脱線しますが、日本なら「権力者は死後神になる」みたいなことが出来ましたけれど、キリスト教国家ではそうはいきません。本来は人間性の再発見のためにオペラ作家に持ち出されたギリシャ神話の素材が、リュリにあってはまさに、王を神に至らせるものであった、ということが出来るかと思います。
戻りますと、王権を賛美するオペラでありながら、リュリの音楽悲劇は、それによって、むしろ高い質を保つことに最大限の努力が払われています。

まず、台本が簡潔です。彼に台本を提供し続けた作家キノは、コルネイユやラシーヌの半分の語彙数、半分の行数で劇を仕上げ、
「限られた数のありふれた表現と自然な想念でもって、まことに美しくて心地よく、しかもどれもまったく異なった作品を」
作り続けたのでした(シャルル・ペローによるキノへの賛辞〜いささか混み入った論争に絡むものですが。内藤義博『フランス・オペラの美学』p.32)。

そして、その簡潔な言葉に対し、自然なイントネーションで曲が付けられています。そのため、おのずとレシタティフ(「語り」の歌唱)が多くなるのですけれど、乾いた語りで終わるのではなくて、言葉の感情的な盛り上がりに従って、いっそう歌らしいアリオーソ(後世の人の呼び方)へと変じていく。劇がなめらかに流れてく仕掛けになっているのです。

こうした優れた特質から、リュリのオペラは、革命前夜までフランスのオペラの規範となり続けたのでした。
なかでも『ペルセー』(メドゥーサの首をとって、アンドロメダを怪物から救い出したペルセウスの伝説が素材)は、初演の88年後、ルイ16世とマリー・アントワネットの婚礼祝いでも上演されていて、その際の音響を再現した演奏もCDで出ています。リュリのオリジナルでは感じにくいのですが、1770年版はところどころモーツァルトを思わせる響きがしたりして、興味深く思われます。
https://www.amazon.co.jp/dp/B01NC365C7/

『ペルセー』のオリジナル音響(?)はこちらに上演映像があります。
https://youtu.be/vpORinLnFug

別の作品ですが、バロックの上演の再現をこころみた『カドミュスとエルミオネー』
https://youtu.be/6wC5wZYy85M

どちらも長いので、お時間が許しご関心も向いたときにご覧下さい。
どちらにも豊かなディヴェルティスマンが挟まれていて、それを抜きだしてもまた、面白いプログラムが組めそうなのがお分かり頂けると思います。
バロックアンサンブルでは、現にオペラからディヴェルティスマンを取り出して組曲を編んだものを、よく演奏しています。

リュリの IMSLP上のリンク〜楽譜を眺めて見て下さいね。
http://imslp.org/wiki/Category:Lully,_Jean-Baptiste

Lesindesgalantes 1687年に没したリュリのあと、少し時間を置いてフランス・オペラのビッグネームとなるのは、ジャン=フィリップ・ラモです。
ラモはまず理論家として著名になった人で、オペラはなんと51歳になって初めて書いたのでしたが、それから亡くなるまでに、音楽悲劇4、オペラ・バレ6、英雄的牧歌劇といわれるもの3、コメディ・バレ1、音楽喜劇2、と多くの劇音楽を発表し、発表されなかった音楽悲劇3、牧歌劇1をも書き残しているとのことです。
オペラ・バレ『優雅なインドの人々 Les Indes galantes』はラモの劇音楽としては2作目ですが、当時関心が高かった異国情緒を全編に盛り込んだ、舞踊の豊富な出し物として好評を博しました。
「インドの人々」と言いながら、インドの人々は登場しません。
幕開けはギリシャ神話の愛の女神たちが行ないます。
第1幕の舞台はトルコです。
第2幕は「ペルーのインカ人」。
第3幕はペルシアが舞台。
第4幕は「未開人たち」とのタイトルで、アマゾン族の美女にフランスとスペインの士官が言いよるものの、現地人の恋人に破れる、でも仲良しになる、みたいな話です。
第3幕以降は、本オペラ・バレの好評再演で順次書き足されたものです。
DVD等は何種類かありますが、私の見ているのはこれです。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0009S4EQO/

オペラ・バレのほうは、音楽悲劇よりも舞曲がまとまって登場したりするためか、組曲に編みなおされた楽譜もIMSLPにアップされていたりします。オーボエやトラヴェルソ、バスーンが入るものの、弦楽合奏だけに仕立てなおすのも、そう難しくなかろうと思います。
http://ks.imslp.info/files/imglnks/usimg/c/c0/IMSLP270926-PMLP59117-IndesGalantesSuites.pdf

ちゃんと確認していないのですが、この楽譜を演奏したものでしょうか? 43分かかるので、お時間がある時にでもリンクをクリックしてお聴き下さい(フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ)。なかなか面白い音響です。(途中に広告が入るかも知れません、スキップして下さい。)
https://youtu.be/EnC9bVczc0E

実際の上演映像から、終幕手前の部分です。


上演当時の様子を復活しているわけではありませんが、踊りの背景の音楽に、少なくとも過ぎし日のヨーロッパの異世界観が歌い込まれているように思います。

なお、ラモの音楽観は有名な啓蒙思想家ルソーが目の敵にしていたものでもありまして、ルソーの『告白』とか読むと、ラモの悪口がいっぱい出てきます。じゃあ、なにがそんなに目の敵だったのか、を野次馬したいときに格好の本が、おととし岩波文庫になりました。

ルソー『言語起源論 旋律と音楽的模倣について』増田 真 訳
https://www.amazon.co.jp/dp/4003362373/
今は、ご紹介にとどめます。

フランス・オペラの凄いところは、なんといってもイタリア語のオペラが世界を席巻しているときに、自国語で、しかもお客さんに分かりやすい言葉でオペラを作っちゃったところなんですよね。でもこれ、フランス語が身に付いていないと、本当には分からないのではないかと思います。・・・私には分かりません(泣)。
少しでもその意義を知っておきたいときには、さきほどペローがキノへ贈った賛辞を引用した本に目を通すとよいでしょう。ただし、そこそこお値段の張る単行本ですので、もし図書館にあれば。

内藤義博『フランス・オペラの美学 音楽と言語の邂逅』水声社 2017年
http://www.suiseisha.net/blog/?p=7643
https://www.amazon.co.jp/dp/4801002862

内藤さんのホームページを見つけました。
http://rousseau.web.fc2.com/

ついでながら、バロック〜古典派オペラ全般の歴史について、いちばんいい本は文庫化もされていたのですが、いまは絶版のようです。

戸口幸索『オペラの誕生』東京書籍 1995年 平凡社ライブラリー 2006年
https://www.amazon.co.jp/dp/4582765734/
古本で買うなら、文庫ではない方がお薦めです。

いっぽうで、言葉が物語を進めるオペラの中に、エンターテイメント要素をたっぷり注ぎ込んだのも、フランス・オペラの真骨頂です。
ラモーのあと、フランス・オペラの中で、音楽の表現力を高めたのはグルックでしたが、最初にウィーンで上演された彼のイタリア語オペラ『オルフェーオとエウリディーチェ』は、パリでフランス語で上演されるにあたって、そのための改訂の他、舞曲が大幅に書き足されています。舞曲の豊富さが、言葉なしでもフランス・オペラを楽しませる上で、大きな役割を果していたことが分かります。
果ては19世紀にかのヴァーグナーが『タンホイザー』のパリ上演にこぎ着けるために、序曲のあとに壮大な踊りの場面(バッカナール)を書き足したのも、有名な話です。

オペラの口開けで演奏される、リュリが確立させたフランス風序曲(ウヴェルテュール ouverture 開始)も、宮廷バレのアントレ(導入)にアルマンド(二拍子系)やクラント(三拍子系)をつなげたものが淵源のようです。
ドイツのフローベルガーの鍵盤楽器曲に始まる「組曲」ですが、おそらく大規模で華やかな劇場は持たなかったドイツでもっぱら管弦楽による組曲(ウヴェルテュールに数曲の舞曲が続くのが基本)が発展していく背景には、ドイツ諸侯から見た、絶対王政華やかなりしパリ宮廷への憧憬もあったのではないか、と思います。
管弦楽組曲の担い手はテレマン、バッハ、(対位法の教科書で有名な)フックス、といったあたりになります。今回と合わせるといっそう冗長になりますけれど、次回は少しこの組曲あたりを見ておこうかと思っています。

フランス・オペラのことを綴っていて思い出すのは、もう二十年以上も前に、妹に連れられて見た、宝塚歌劇団『ベルサイユのばら』です。ストーリーは本編の後日談みたいだったようなのですが記憶にありません。ひととおりお芝居が終わったあと、メンバーが華やかな雛壇をいっぱいに埋めて、きらきらと歌い踊る。もう、その情景が、音を持たず動きだけで脳裏によみがえる程度ではあるのですが、大掛かりに繰り広げられる踊りというものが、こんなにもインパクトが強いものなのか、と、思い知らされたものでした。
アンテルメードやディヴェルティスマンを抜き出して演奏するときは、踊りもつくと、面白いかも知れませんね。

まいどお退屈様でした。

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