2012年1月30日 (月)

2月8日(水)フォルテピアノにさわれます!筒井一貴さん「フォルテピアノを聴く!見る!触る!」第4回

大井浩明さんシュトックハウゼン公演(POC今シリーズ最終回)、大好評で終了しました。togetterをご参照下さい。

http://togetter.com/li/248993

昨年度のシリーズと併せ非常に意義深いものでした。そのあたりは、2月の楽しみにしているコンサートも拝聴した上で、素人なりに感じること考えることを、またあらためて徐々に綴って参ろうと存じております。

 


さて、2月第2週は古楽系で楽しみにしている演奏会が続けてありますが、今回は筒井一貴さんのコンサートをご紹介します。

目白から音楽で支援を! 東日本大震災復興支援コンサートシリーズ
「フォルテピアノを聴く!見る!触る!」第4回

2012年2月8日(水)19時開演です。
会場はこちら!
JR池袋駅(山手線・埼京線・湘南新宿ライン)/目白駅(山手線)いずれからでも徒歩圏内です。

Myonichikanmap

建物は重要文化財。その講堂が会場です。
料金は2500円、フォルテピアノ試奏の方はカンパをお願い致します。
(今回の楽器は1820年製のオリジナルをきちんと手入れしたものだと承っております。ふつうはマニアしか触らないようなものに気軽に触れてみる絶好のチャンスです。)

http://web.me.com/bergheil69/fp_reconst/Fortepiano_Concerts.html

以下、筒井さんのお綴りになっているものをそのまま引用で恐縮です。


1925年ライト建築の重要文化財「自由学園明日館」で開催する、古楽器による復興支援コンサート。素晴らしい音響の歴史的建造物でフォルテピアノの演奏をお楽しみください。

また今回、コンサートの前後にフォルテピアノを弾いていただけるように試奏タイムを設けました。190年前のピアノに是非触れてみてください!

<演奏> 筒井 一貴
<使用楽器>
オリジナルフォルテピアノ:Johann Georg Gröber (Insbruck(sic) 1820)
     6オクターブ 5本ペダル ウィーン式アクション

・17時〜18時:試奏タイム
・19時〜20時:コンサート
・20時〜20時半:試奏タイム

<曲目>
フムメル(1778-1837) 6つのポロネーズ op.70
シューベルト(1797-1828) 3つのピアノ曲 D946 より、第1曲
シューベルト(1797-1828) 高雅なワルツ集 D969(op.77)
ドゥシーク(1760-1812) ソナタ第25番 op.69-3 ニ長調

※フムメルは没後175年、ドゥシークは没後200年



筒井さんは好奇心のかたまりで出来たようなユニークなお人柄で、とにかく楽器がお好きです。楽器を好きになるとはどういうことか、を「楽しく」体感させて下さるかたに会いたい、ということでしたら、私は第一にご推薦申し上げます。

たくさんのかたがお出掛け下さいますように!

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2012年1月22日 (日)

1月29日、シュトックハウゼンのピアノ作品まとめ聴き!:大井浩明さんPOC今シリーズ最終回

ここんとここればっかですが(ちと息切れと要再勉強)、今シリーズラストであります。
お聞き逃しありませんように!
メトロ代々木公園駅出口1から出たら目の前の道を左に行きます。
わりとすぐ広い通りに着き、その左向こうにファミリーマートが見えます。
そこの(右手の)歩道橋を渡れば目の前右方向です!

1月29日(日)17時30分開場、18時開演です。
シュトックハウゼンとは何者だったのか、を再確認する絶好の機会です。

Hakuju_2
地図部分を選んでケータイのボタンを押すと、出来るだけの拡大図で見られます。

千代田線「代々木公園駅」出口1から歩5分
小田急線「代々木八幡駅」南口から歩5分

路線検索(Yahoo!モバイル版)
http://trans.mobile.yahoo.co.jp/
PCからだとPC用検索画面が開きます。

【問い合わせ先】
(株)オカムラ&カンパニー
  tel 03-6804-7490 (10:00~18:00 土日祝休)
  fax 03-6804-7489 info@okamura-co.com

 〈前売〉 学生2,000円 一般2,500円

 〈当日〉 学生2,500円 一般3,000円

今回の曲目解説(大井さんのブログから)

■ 野々村禎彦氏寄稿「シュトックハウゼン素描」


以下、大井さんのブログから転載。関連記事も貴重です。ご一読下さい。

【ポック#10】 シュトックハウゼン(1928-2007)
 歿後5周年・初期クラヴィア曲集成


2012年1月29日(日) 午後6時開演 (午後5時30分開場) 白寿ホール 
大井浩明(ピアノ) 有馬純寿(電子音響)

クラヴィア曲 I (1952)
クラヴィア曲 II (1952)
クラヴィア曲 III (1952)
クラヴィア曲 IV (1952)
クラヴィア曲 V (1954)

クラヴィア曲 VI (1954/61)

クラヴィア曲 VII (1955)
クラヴィア曲 VIII (1954)
クラヴィア曲 IX (1954/61)

★クラヴィア曲 XVIII 《水曜日のフォルメル》(2004、日本初演)(シンセサイザー独奏)
クラヴィア曲 XI  (1956)
クラヴィア曲 X (1954/61)

同じカテゴリ( POC2011 )の記事
■ 12/23韓国特集公演/伊藤謙一郎氏寄稿 ( 2011-12-15 22:10:00 )

シュトックハウゼンはご存知の通り音楽について過去最大の賛否両論の渦を産み出した人です。それを「鬼才」と呼ぶか「偏人」と呼ぶかは、音楽に対して個々人が持っている(言葉は悪いかも知れませんが)「先入観」に大きく左右されると思います。彼自身はどういうプロセスで音楽を考え、見つめようとしていたのか・・・
Stockhausen それについては、お詳しい方は既にご存知の書籍『シュトックハウゼン音楽論集』で日本語訳で読むことも出来ますので、聴くのに準備がいる、とお考えの方は、とくにこの本の二つの章・・・「ヴェーベルンからドビュッシーへ」と「発明と発見----形式生成のために」をお読みになられることをお勧め致します。今回演奏されるクラヴィア曲Ⅰについて彼自身が記した「群の音楽 『ピアノ曲Ⅰ』リスニングガイド」の章もあります。クラヴィア曲XIについては
「…いかに時は過ぎるか…」151頁以降に記載がありますけれど、この文章自体が非常に興味深い20世紀同時代リズム論になっています。

最近つらつら思うのは、20世紀のリズムや音色についての脱伝統的価値観の試みは鍵盤楽器主体で構成されたうえに、黎明期によくある難解さに包まれていて、弦楽器や管楽器の機能の問題までには収束され尽くさなかったのではないかなぁ、なることなのですけれど、そうした部分はいまだに「古楽」のほうからの補強に依存していて、ロマン派以降の伝統的(!)価値観からは<断絶>とのレッテル貼りをなされることから脱していない気がします。
これは、音楽の世界全般なんか全然見通せない私ごときにはとうてい捉えられないことですが、昨年の大井さんのシリーズで採り上げられた日本の作曲家さんたちの動きなどはかなり身体論的なものを焦点にしていました。
こうした動きはいずれある種の市民権を得られるものにまで成長して行き、20世紀前衛と呼ばれた音楽家たちの世界が「音楽史」の中で正統に位置づけられる日も必ずあるだろう、と考えている次第です。
いま私たちの目の前にある、今シリーズで大井さんが採り上げた作曲家たちの残したものは、人間の営みという視点から行けば、一般書籍が無反省に叫び続けているような「断絶」では決して無い、と信じております。

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2011年12月17日 (土)

今シリーズの目玉!大井浩明さん「POC:韓国特集」12月23日(祝)

毎度の地図でございます。
メトロ代々木公園駅出口1から出たら目の前の道を左に行きます。
わりとすぐ広い通りに着き、その左向こうにファミリーマートが見えます。
そこの(右手の)歩道橋を渡れば目の前右方向です!

12月23日(祝)17時30分開場、18時開演です。
韓国作曲家の作品特集は、日本では希少な機会ではないでしょうか?
今回は、お運び頂くこと自体に大きな価値があるはずです。

Hakuju_2
地図部分を選んでケータイのボタンを押すと、出来るだけの拡大図で見られます。

千代田線「代々木公園駅」出口1から歩5分
小田急線「代々木八幡駅」南口から歩5分

路線検索(Yahoo!モバイル版)
http://trans.mobile.yahoo.co.jp/
PCからだとPC用検索画面が開きます。

【問い合わせ先】
(株)オカムラ&カンパニー
  tel 03-6804-7490 (10:00~18:00 土日祝休)
  fax 03-6804-7489 info@okamura-co.com

 〈前売〉 学生2,000円 一般2,500円

 〈当日〉 学生2,500円 一般3,000円


以下大井さんのブログから引用:
【ポック#9】 韓国現代ピアノ作品を集めて

大井浩明(ピアノ)、有馬純寿(電子音響)

曲目解説記事:http://ooipiano.exblog.jp/17209183/
開催案内記事:http://ooipiano.exblog.jp/17209022/

■尹伊桑(ユン・イサン 윤이상)(1917-1995)
 5つの小品 (1958)、小陽陰(1966)、間奏曲A(1982)

■朴琶案泳姫(パク=パーン・ヨンヒ 박-파안 영희)(1945- )
波紋(1971)、のどの渇き(2008)

■陳銀淑(チン・ウンスク 진은숙)(1961- )
 ピアノのためのエテュード集(1994-2003)
 (初版+改訂版 全曲による通奏世界初演)
 
   I.インC (初版+改訂版)
  II.連鎖 (初版+改訂版)
  III.自由なスケルツォ (初版+改訂版)
  IV.音階 (初版+改訂版)
  V.トッカータ ~大井浩明のために
  VI.粒子 ~P.ブーレーズのために


■姜碩煕(カン・ソッキ 강석희)(1934- )
ピアノ・スケッチ(1968)(日本初演)
アペックス(1972)(日本初演)
インヴェンツィオ~ピアノと電子音響のための(1984)(日本初演)
ソナタ・バッハ (1986)


今回は今シリーズの最大の注目回だ、と思っていたのに、自分のアマチュア活動が絡んで伺えないので、悔し紛れに蛇足を綴っておきます。

現在あるいは近過去の音楽は、どうしても政治・社会的な色眼鏡抜きには聴けなかったり語り得なかったりします。このことに違和感を持つかたも、まだまだ少なくありません。
しかし、それはもう安心して享受されている過去の音楽も本当は通ってきた道です。
音楽作品は、冒険をしなければそのような「地位」を獲得できないのだとも言えるのでしょうか?
私的にはちょっと違ったふうに思っていて、冒険により淘汰を受けた作品が宝石のような価値を得て輝いて行くのだと信じております。
21世紀初頭の今は、同時代音楽は種類を超えてなんらかの社会的メッセージ性を作者が付す場合もあり、作者がしなくても受け手がそうする、なる傾向が、過去50年の中で最も色濃い時期であるような感触も持っております。
だからこそ、お聴きになるかたの価値観はさまざまでも、ついには<この響き>の中に、これからの私たちの大切な宝石になるはずのものに、しばし心を空にして耳を傾ける意義は非常に大きいと言えるはずです。

現代音楽は日本では作者ご本人・作者を支持なさる方が企画なさって演奏会を催すほうが圧倒的に多いのではないか、というのが素人の私の認識です。それが誤っているならお詫び申し上げるしかありませんが、このように認識している私からは、大井さんの試みはいつも全く違う・・・ご本人のある意味押しとこだわりの強いキャラクターから持ってしまう先入観とは正反対に・・・、いまご自分に可能な限りの巨視的な取り組みをなさろうという、「特定」性の薄い企画展開をなさっているように見えます。
1回1回が濃いので目くらましされますが、大井さんの内的活動の中では、それは相互に関係を持って、たぶんご自身にもつかみきれないほどの大きな独自世界を形成させて行っているのだろうと感じております。

このたびお採り上げの作曲家の中では私は偶然にウンスク・チンさんのCDを何も知らずに入手し、芯が強いながら艶やかでもある不思議な響きに驚いて、しばらく聴き入っていた時期があります。現代音楽にお詳しい方のあいだでは行き渡ったお名前のようなのですが、個人的に、もっともっと一般的な知名度があってもよい、作品が普及してもよい作曲家さんだと信じております。

日本と深い関わりを持ち続けて来たにも関わらず、ふつう日本人がそれを知らずにいる韓国作曲家の世界に、ここいらで私たちはもっと踏み入り、理解をしていくことは、大変な重要事ではないでしょうか?
それがまた、大井さんが去年展開したシリーズで紹介された日本の作曲家たち、今年のシリーズで紹介されているクセナキス・リゲティ・ブーレーズ・シュトックハウゼンら、それぞれの点と点を結ぶ線、それにより描かれる面、への私たちの気付きへとひろがりますことを心から願っております。
さらには、気付きによって得られた面への認識が、私たちの中に新たな空間を形成して行きますことを、とても期待しております。

ともあれ、お運び頂いたかたのレポートがこんなに心待ちされる回はありません。

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2011年12月 4日 (日)

【音を読む】古代の鳥はどう描かれているか?~雅楽「迦陵頻急」

初歩の「十二音」簡単なバランス崩し同じものをつかいまわす(能)・伸ばして重ねる畳んで開くいっそ絵にしてみる


20世紀の鳥はフランスのメシアンが音で描いていたのですが、古代の音ではどうだったのでしょう?

日本の雅楽の「迦陵頻急」というのが、想像上のものとは言え、鳥が舞うものです。この舞楽、舞のほうは子供が舞うシンプルなものですが、シンプルだけにかえって、鳥の悠々とした飛翔を見せてもらえるように感じられます。
では、楽の音はどうか、となると・・・う~ん、古代人は発想が違ったのかな? 音で鳥を描いているようでもあり、そうではないようでもあります。

私は実際の雅楽には縁がないので、舞はDVD(*2)で、成人したかしないかの若い女性が舞う映像で拝見しました。YouTubeには子供が舞ったものがありますので、そちらをリンクしておきます。


この調べから、鳥、あるいは鳥の飛翔をかたちに思い浮かべるのは、現代の私たちには無理でしょう?
それは、日本のものに限らず、「起こりが古い」と分かっている音楽すべてに言えることではないのかなぁ、と感じています。もし感じられるような調べがあれば・・・各地で収録された民族音楽・民俗音楽にはそのようなものもあるのですけれど・・・、どこかに近世の空気が混じり込んでいるんではなかろうかと勘ぐりたくなります。本当にそうなのかどうかは確かめる術はないのですが、怪しんでよいことではないかと考えます。

雅楽の笛がどんな音でどう吹くのかについては、譜ではカタカナで書かれる「唱歌(しょうが)」を口移しで教えてもらい、記憶することで、吹くべき調べを身につけます。
楽家の安倍季昌さんがご著書『雅楽篳篥 千年の秘伝』(たちばな出版、平成20年)の中で

「(篳篥などは)唱歌【しょうが】がしっかりできていないと、吹くことはむずかしいと思います」
と述べられています。
これは他の伝統邦楽にも通ずることでしょうが、本当は西洋音楽を演奏する際にも大変重要なことではないのかなぁ、と、最近感じております。

それは措いても、とりあえず雅楽の音を総合的に捉えるには、五線譜に置き換えるよりは篳篥と笛の対比を唱歌の仮名で目に出来るようにしたほうが、接し方としてはいいのかな、と思います。音程【音の高さ】や音価【音の長さ】、あるいは滑らかにするのか切り上げるのかなどの微細な部分は必ずしも五線譜に移しきれないからです(*1)。

ただし、パソコン上でベタのままで篳篥と龍笛の対比を細かいところまでをきれいにさせるのは難しいので、簡単に整理したものを、本文末尾に掲げます。 実際の雅楽譜は、こんなふうです。(*2)

それぞれを、上の映像の音声を聴きながら一巡目だけでも併せて読んでみているうちに、調べと譜の関係の雰囲気だけは何とか分かってくるでしょう。いちばん右の黒丸は洋楽で言う小節の区切りを表すもの、真中のカナは旋律を表すものすなわち「唱歌」、左の漢字みたいな記号が音程を表すもの、となっています。 唱歌は音程をもある程度表すものになっていますので、篳篥譜の唱歌を西欧式音名と対比させたものも載せようかと思っていましたが、スペースと時間とアタクシの能力の都合上、とりあえずやめました。ご容赦下さい。

龍笛譜

Karyobinnokyuryuteki

篳篥譜

Karyobinnokyuhichiriki

「迦陵頻急」でとられているのは壹越調という、D(固定ドで「レ」)を主音とした旋法【節の巡り】です。(*3)
こむずかしいのですが、本来、この壹越調を理屈通りに捉えると<ニ長調>に相当するものであるところ、実際に耳に入るのは、アバウトいわゆる「都節」音階で、(固定ドで)「ファ#」にあたる音がほとんど半音下がり、短調のような雰囲気を醸成しています。
すなわち、旋法の理屈では壹越調は「レ・ミ・ファ#・(ソ)・ラ・シ」なのですけれど、迦陵頻急ではどちらかというと「レ・ミ・ファ(シャープつかず)・(ソ)・ラ・シ」という音階の構成になっているのです。(これは理屈の上の呂旋法と律旋法が入り組んだものになっています。)
なおかつ、本当は理屈では「レ」が落ち着きどころにならなければならないのに、この調べで篳篥がならすいちばん高い音が「ラ」で、これが聴き手にも音楽の落ち着きどころと感じられるのが大きな特徴です。(すなわち、節は主音【宮(きゅう)】であるはずの「レ」よりも、ほぼ一貫して五度上【ドミナント=徴(ち)】の「ラ」のほうに強烈な引力を持っているのが、<迦陵頻急>の大きな特徴です。*3)

さて、細かい話。

雅楽譜の骨組みを舞の節と各楽器で重ねてみると、次のようになります。
ほんとうは雅楽譜の小さいカナまで含めないと旋律線が正しく把握出来ませんが、便宜上大きな仮名だけで代表させ、洋楽で言う一小節相当分を二文字までで収めてみることにします。(*2)


篳篥(大きな仮名だけ)
龍笛(大きな仮名だけ)

太鼓(CD「舞楽」の舞譜によるところだけ。
   実際には前に「百(ドン)」の前に「図(ず)」が入る。
   また、舞5節目からは加拍子となる。)

という並びにしています。

なお、笙の合竹の基音(迦陵頻急に使われているもののみ)はこのようです。
凢=D、乙=E、下=F#、十=G、乞=A、工=C#
これにより、笙は呂旋をきちんと保っていることが分かります。

舞               |2節
篳|チイ|チイ|引ラ|ロロ|チイ|引ラ|ロヲ|ホリ|
笛|タア|タア|ハア|チラ|リラ|ララ|チリ|アラ|
笙|乞 |引 |乞 |一 |乞 |引 |一 |下乞|
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

舞               |3節
篳|ヒイ|タア|リイ|チラ|リイ|チイ|ヒイ|引引|
笛|ア引|リラ|ラア|タラ|ラア|タア|ハア|引引|
笙|乞 |下 |乞 |乞下|乞 |引 |乞 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

舞               |4節
篳|チイ|引イ|リイ|レラ|タア|ハラ|ラア|ラア|
笛|タア|ハア|チヤ|リラ|タア|ハラ|トヲ|ラア|
笙|乞 |乞 |十 |下 |下 |下乙|乙 |下 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

舞               |5節
篳|ラア|タラ|リイ|引タ|リイ|チイ|ヒイ|引引|
笛|ラア|タラ|ロヲ|リタ|ロヲ|トヲ|リイ|引引|
笙|下 |下乙|凢 |凢下|凢 |引 |凢 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

                |6節
篳|タア|ロル|チイ|ロル|リイ|チロ|ラア|引ア|
笛|ラロ|ロル|トヲ|ロル|ロヲ|リロ|ラア|タア|
笙|凢 |一 |凢 |一 |凢 |凢乙|下 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

                |7節
篳|ラア|タラ|リイ|チロ|ラア|タア|ラア|引引|
笛|ラア|タラ|ロヲ|リロ|ラア|タア|ラア|引引|
笙|下 |下乙|凢 |凢乙|下 |引 |下 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

舞                |8節
篳|タア|ハラ|ラア|ララ|リ*イ|チタ|ハリ|チイ|
笛|タア|ハラ|トヲ|ララ|タ*ア|タタ|ロヲ|トヲ|
笙|下 |下乙|乙 |下 |乞* |下乙|凢 |引 |
太|  |  |  |  |百* |  |  |  |

舞               |退出の舞~入手へ
篳|ヒイ|チイ|ロヲ|チロ|リイ|チイ|ヒイ|引引|
笛|引引|トヲ|ロヲ|チヤ|ロヲ|トヲ|リイ|引引|
笙|凢 |凢工|乞 |一 |凢 |引 |凢 |引 |
太|  |  |  |  |百 |  |  |  |

CD「舞楽」収録の演奏では、三巡目で、*で舞が終わり、そのあと壹越調の定型の終止形が演奏されています。聴き流している分には不自然さはないものの、それまでの「ラ」を中心とした節のめぐりからすると、それは実はかなり唐突なことなのではないかと思います。
このあたりの、「節のめぐり」というものについて、あらためて考えてみる必要を感じます。

打物(太鼓)は最も基本となる打音は5塊目、すなわち八単位の後半が始まるところで打たれるのですけれど、管を主体に考えればそのような位置にきてしまうものの、舞を主体として考えた時には、舞の区切り目のところで打たれているのが、上の譜の対比から明確になります。つまり、雅楽(舞楽)の構成は、まず舞を主体として太鼓の鳴る位置が決まっており、管は舞が実際に始まるところからを主体にするため、譜ではその位置を調整することになっているのではないかと見て取れます。太鼓の最初の打音(正しくは1つ前に予備の打音が入りますが)は節の8塊の中間位置に入るのが原則となっていて、それが雅楽の【西洋音楽的な意味での】拍子・・・早四拍子だとか早八拍子だとか・・・を決定づけるのだろうと思われるのです。

譜づらについて、素人として興味深いのは、雅楽の管の譜は、篳篥・龍笛・笙のどれもが、能の八割譜のように、八つの単位をひとまとまりにして描かれていることです。とはいえ、これはおそらく近世~近代に整理され得たことだと思われ、能の譜の歴史と併せてきちんと見直されなければならないでしょう。

こんなところで。


*1:雅楽の調べを五線譜に移した優れた譜例は、私たち一般の者が手に出来る限りでは、増本喜久子『雅楽』に豊富に収録されています。これらは他の書籍が伝統邦楽を五線譜に移したものに比べて遥かに精度が高いものだと感じていて、尊敬すべきお仕事だと頭を下げる思いで読ませて頂いております。しかしながら、それだけきちんと拾ったものでも、やはりとくに音価については雅楽の持つ習慣を柔軟に記すことは出来ていません。そのあたりは五線譜の宿命なのだろうとも強く感じます。

*2:雅楽の譜は天理教道友社のものによりました。手に出来たのは、篳篥・龍笛が2009年、笙が1973年の出版のものです。CDは東京楽所【がくそ】『舞楽』(日本コロンビア COCJ-30793)を聴きました。舞、太鼓の区切りは、芝祐靖さん監修の同CDリーフレットによって把握をしました。

*3:「迦陵頻急」でとられているのは壹越調(宮【主音というより終止音というべきでしょうか】がDとされている)で「君が代」と同じ旋法なのですけれど、迦陵頻急はD音よりも五度上(徴【ち】)にあたるA音を中心にした節回しになっています。Aを終止音とするのは黄鐘調なのでして、黄鐘調は「迦陵頻急」が用いているような音の進行は全くしないので、これはヨーロッパのグレゴリオ聖歌でとられているものと対比すると<変格旋法>とでも呼べばいいのだろうか、と思われてきます。事実、壹越調の楽曲には迦陵頻急とは異なってA音を中心とはしないものもあります(「胡飲酒破」、あるいは歌謡の場合にはD音を落ち着きどころにしているのではないか、というのが、たとえば「春過」を耳にしての印象です)。といいながら、これは壹越調だけに限らず雅楽の調べは管絃では徴【宮から五度上の音】を軸に巡る傾向が強いとの印象も一方ではあり、簡単に結論づけないで数をたくさんきちんと調べる必要があります。
なお、黄鐘調と壹越調は前者が律旋、後者が呂旋ですが普通は(舞楽の場合)笙の和音のみに痕跡があるだけで管の旋律では使われている「音階」は区分が出来ないように思います(いずれもいわゆる都節音階の租型かと感じます。無理に「都節」だとか「イレギュラーな律旋」だという必要は無いと思いますが、それは学問をなさる方の世界では許容されそうにありません)。ただし、「迦陵頻急」の、明治神宮で収録された舞のバックで演奏されている楽は、管が呂旋の音程で吹かれる傾向が耳に留まります。DVD~『生きた正倉院 雅楽』Oldsea

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2011年11月28日 (月)

Gran Paose 旗揚げ公演 (11月26日 近江楽堂)

フラメンコギター・クラシックギター・中国琵琶、の3本の撥弦楽器で、さてどれだけ多様な音が出るものか?

・・・なる、とりあえずささやかですが、そのじつとってもチャレンジングなコンサートが、11月26日(日)に新宿(初台)の近江楽堂で開かれました。

事後になりましたが、ごくかいつまんでご紹介を。

演奏者は、フラメンコギターの瀬田彰さん、クラシックギターの森田茂さん、そして中国琵琶の鮑捷(Bao Jie)さんでした。

瀬田さん http://www5a.biglobe.ne.jp/~a-seta/
森田さん http://www.casa-classica.jp/weblog/cat15/post_277.html 
     http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-372d.html
     (僭越ながら拙ブログ)
鮑捷さん http://www.akiyama-music.co.jp/artist/housyou.htm

撥弦楽器同士Granpaozeで、果たしてどれだけ「モノクロ」でない演奏会が出来るのだろうか? と、少し疑う気分で出掛けたのですが・・・なんのその。

中国琵琶が音色も傾向も違うのは当然として、同じ「ギター」と冠しながら、フラメンコギターとクラシックギターはまったく違う楽器なんだな、と、思い知らされました。

なにせ初回だったからでしょう、大ベテランの瀬田さんも職人気質の森田さんも、音が美しく音楽性豊かな鮑さんも、前半はやや硬くなっていらっしゃるようにお見受けしました。組み合わせとして、初めての試みであったからでもありましょう。それでも聴き手としては既に、
「おお、この3本で、こんなに多彩な響きになるんだ」
と、感心させられることしきりでした。
お琴の合奏を連想しなければならないようなものではなく、むしろ耳でパステル画を眺めるような感触でした。

前半後半とも、3人・組み合わせを替えた2人・それぞれの独奏、によって起伏のあるプログラム立てをなさっていましたが、とくに後半はそれぞれの持ち味がいっそうクローズアップされる出来で、これはソロでもデュオでもトリオでも・・・とくにトリオではそれぞれも独立性をきちんと主張しながら巧みに溶け合っていて、面白い聴きものとなっていたと思います。

西域〜スペイン〜南米のねいろを織り交ぜるには、種類の異なるこうした撥弦楽器3本の組み合わせは、あるいは最も適しているのかも知れません。とくに、今回はタレガのナンバーにそこはかとなく漂ったアラヴの響きを軸として、古代から近代にかけて大陸を駆け海を廻った人間の、千年以上にわたる息づかいを、耳元に涼しく吹き付けてくるような錯覚を覚えさせて頂けたのは、面白い経験でした。併せて、ジプシー音楽とかロマ音楽とか呼ばれているものが、本当はアラヴの血を色濃く持っていることを強く感じさせられました。それもそのはず、全ナンバーが、3人の方それぞれによって精魂込めて成し遂げられたオリジナルアレンジだったのですから。
最後のナンバー「天山之春」にはレム太鼓という、大型の縁なしタンバリンが登場します。これがまた、天山のイメージを超えて、悠久の草原をも果てしのない海をも聴き手の心に感じさせるものとなっていたのではないでしょうか?

グループ名の翻訳は「大休止」なのでしょうけれど、これは最後に瀬田さんがお述べになっていらしたことから察するに、きちんと充電期間を置きながら、今回のような充実のプログラムをじっくりと練り、また同じ編成で豊かなヴァリエーションを聴かせる工夫を重ね、重なるごとにより良いものになさって行こうという壮大な自負心の現れでもあるようです。第2回を心待ちにさせて頂きたいと存じます。

プログラム:
【前半】
 コーヒールンバ(瀬田さん編曲、3人の演奏)
 アストリアス(瀬田さん森田さん編、2人の演奏)
 ソレア〜タランテラス(瀬田さん)
 新疆民歌(王範地 編、鮑さん)
 オブリビオン(森田さん編、鮑さん、森田さん)
 アラビア風綺想曲(タレガ、森田さん編、森田さん)
 モンティのチャルダッシュ(瀬田さん森田さん編、3人の演奏)
【後半】
 イ族舞曲(王 恵燃 編、鮑さん)
 バッハのシチリアーナ(鮑さん、森田さん)
 亜麻色の髪の乙女(森田さん)
 アランフェスの幻想(瀬田さん編、瀬田さん、森田さん)
 ブレリーアス(瀬田さん)
 天山之春(王 恵燃・森田さん 編、3人〜瀬田さんはレム太鼓)
 リベルタンゴ

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